Bee war #1

 魔法、或いは魔術と呼ばれる力がある。まぁ、一括りに魔術や魔法と言っても、実際の所は数えきれない程の様式や体系があるわけだが。例えば一般的な魔法――呪文の詠唱を行い、様々な効果を発生させる『詠唱型の魔法』一つを取ってもその事実は明らかだ。
呪文の詠唱によって自らの魔力を光や熱等の物理的物理的エネルギーに変換し、対象に被害を与える『一般的な魔法・魔術』。魔力を乗せた声で呪文を詠唱し、光の精霊の力を借りて対象に被害を与える『精霊魔法』。両方とも呪文を詠唱し、光と熱で対象に被害を与えるのは同じだが、そこに至るプロセスは全く異なるわけだ。
 つまり、この二つの魔法は同じ詠唱魔法でありながらそのルーツは全く異なるモノであるという事が――
「こんにちはー、マクレインさーん」
 ――前者は基本的に条件に左右されずに使用が可能であり、習得そのものも全体的に見て比較的容易である。しかし、高位の術になるにつれて消費魔力が増大するため、魔力の確保がネックとなる。
 後者でネックとなるのは精霊そのものである。いくら呪文を唱えようとも、周辺に行使するための精霊が居ないのではお話にならない。
 しかし、前者に比べて圧倒的に少ない魔力で大きな威力の魔法が行使できる点はその欠点を補って余りあると言える。ただし、精霊と仲良くなるのは容易な事ではない上に、制御を離れて暴走した精霊魔術は危険極まりないので制御には細心の注意を払う必要がある。
 さて、ここで各々の魔法のルーツの話に――
「マクレインさーん? 無視しちゃ嫌ですよー?」
 ――など、そもそも高い魔力を持つ者を基準として作られている可能性が高い。よって『一般的な魔法・魔術』のルーツは魔物や魔族と呼ばれる『生まれながらにして強い魔力を持つ種』がルーツである可能性が考えられる。
 次に精霊魔法についてだが、こちらはエルフやフェアリーなどの妖精族がそのルーツであるという説が有力だ。元々精霊との親和性が非常に高い種族であるためか、中には呪文の詠唱すら必要とせずに精霊魔法を行使できる者も多い。人間種族からすれば正に驚きで――

 バンッ!

 激しくテーブルを叩く音が大きく響き、テーブルの上に置かれていたカップが一瞬浮き上がる。幸いなことに中身は零れなかった。
「俺様の優雅な読書タイムを妨害するとは良い度胸だな」
 本から目を離し、ジロリとテーブルを叩いた人物を睨みつける。視線を上げた先にあったのはよく見知った顔だった。俺はその顔を見なかったことにし、再び視線を本に戻す。
「なんですかその『見なかったことにしよう』って態度!」
「お前に関わるとロクなことがない。帰れ帰れ、シッシ」
「ひどっ!? 酷い! あんまりですよその対応は!」
 ギャーギャー喚いては大きな胸を揺らして地団駄を踏む騒がしい人物の名はフィル。正確な名前を以前に聞いた気がするが、覚えていない。
 生物学上は雌、つまり女。種族は人間…のように見えるが、その正体はサキュバスだ。角やら翼やら尻尾やらは擬態の魔法で隠しているが、紛う事なき『魔族』だ。ただし『生粋』の魔族ではなく、元々は人間だったらしい。
「どうせまたギルドから厄介な案件を持ってきたんだろうが」
「いぇーす♪ マクレインさんにぴったりのヤツ仕入れてきましたよー!」
 俺の言葉にフィルはぱちりとウィンクをしてみせた。普通の男ならフィルのこういう仕草でイチコロなのだろうが。
「要らん、帰れ、失せろ」
「んもー、マクレインさんったら相変わらずツンデレなんだからー」
 しなを作ってフィルが俺に寄り添ってくる。胸板の『の』の字を書くな、『の』の字を。
「この依頼、受けてくれたら私がイイコトして――」
「要らん」
 ビシィッ!という音と共にフィルが勢い良く転がっていく。
「いだっ!? いたぁ!?」
「ただのデコピンでも魔力を込めるとあら不思議、サキュバスすら悶絶させる必殺技に」
 煙の上がる額を押さえながら転げまわるフィルを尻目に俺様は立ち上がり、すぐ近くの壁にかけてあった外套を羽織った。古い知り合いのアラクネが織ったものに俺様自身が魔力を込めた逸品だ。
「出かけてくる。店内のモノには触らないほうが身のためだぞ。それと鍵はいつも通り自動錠だからそのまま出ろ」
 未だに転げまわっているフィルをそのままにして俺様は店の扉をくぐり、外へ出た。眩しい日差しに思わず目を細める。今日は快晴のようだ。
「ちっ、面倒だな…」
 舌打ちをながらチラリと自分の店を見上げる。我が家であり我が店でもあるトロン=マクレイン魔法店は店主不在のため本日も休業だ。『Closed』の札を下げて扉に背を向ける。
「店員でも雇うしかないか…」
 俺様トロン=マクレインは腕の立つ魔術師だ。どれくらい腕が立つのか、と言えばサキュバスを軽くいなせる
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