「トロン様ー」
「ああん?」
何故かメイド服姿のピリカが俺様が愛用している紅い外套を手にパタパタと歩いてくる。
「その外套がどうかしたか? …――つーかお前どうなんだよ、その格好は。お前一応ハニービーの女王だろうが」
「トロン様がムラムラっとこないかなぁという淡い期待を込めたんです。似合いますか?」
「どうせやるなら徹底的にやれ。さし当たってはその金ぴかのティアラを外してちゃんとヘッドドレスを着けることだな…ってそうじゃない、その外套がなんだ」
「ああ、これってアラクネの織ったものですよね? どうしたのかなぁと思いまして」
「なんだ嫉妬か、つまらん」
そう言って俺様は手元の本へと視線を戻した。
アラクネが他者に衣服を贈るというのは、彼女達が親愛の情を表す行為としては最上級のものだ。
ピリカはきっとその事を知っていて気になったのだろう。
「むぅ、だって気になるんですもの…トロン様はこの外套をとても大事になさってますし、外に出るときは必ずこの外套を羽織られますし」
「まぁ、気に入っているのは確かなんだがな」
外套を織った救いようの無いお人好しなアラクネ――ジパングではジョロウグモというのだったか――を思い出す。
あれはそう、この身体になって間も無くの頃だったか。
――― ――― ――― ――― ―――
「ぬぅ…」
舐めていた、と言わざるを得ない。いや、正直な話ある程度は予想していたのだ。
だが、認識が甘かった。やはり俺様はこの異郷の地を舐めていたのだろう。
「ぅー…」
視界が霞む、足元がふらふらする。
「腹減った…」
情けないことに、俺様は行き倒れかけていた。
ここは異郷の地。大陸の東端の更に海を越えて東、神秘の国ジパング。
「糞忌々しい国だ…」
この国では俺のような異人、それもナリが子供ではまずもって相手にされない。
仕事を得ることは愚か、物品を換金するにも信用がないと立ち行かないのだ。
お陰様で大陸で魔人とまで呼ばれたこの俺様がまさかの行き倒れ寸前である。
嗚呼、無敵の魔人を殺すのは聖剣に選ばれた勇者でも魔王の刺客でもなんでもなく異国の地という環境であったか。
日差しが異様に眩しい、これは気を失う前兆だ。
「情けない…」
自分自身が地面に倒れこむ衝撃すらどこか遠くに感じる。
行き倒れた先は狼に食われるか、烏に啄ばまれるか…何にせよ、俺様の肉を食った獣はそれなりの魔物に変化するだろうな。
我ながら傍迷惑な奴だと思うが、それが俺様という存在なのだから仕方あるまい。
「おや、あれは…? もし、大丈夫ですか? もし…」
どこか遠くに女の声が聞こえる気がする。もう何もかもどうでも良いことだが。
そうだ、地獄に行ったら精々暴れてやるとしよう。全てを粉砕して俺様が地獄の王に成り代わってやるのもいい。
まかり間違って天国に行ったら…そうだな、糞忌々しい神をぶち殺してその座を奪い取ってくれよう。
「ククッ…」
なんだ、どっちにしろやることは同じではないか。なんとも俺様らしい。
――― ――― ――― ――― ―――
「む…?」
目を覚ますと、そこは見慣れぬ場所だった。
「あぁー…?」
地獄にしては随分と穏やかな場所だ。しかし天国にしては薄暗い。
以外にそんなものなのかもしれないが、どうにも違うように思う。この草の香りは、たしかタタミとかいうジパングのカーペットの香りだ。
ということは、俺様はまだ生きてジパングのどこかに居るということか。
身を起こして辺りを見回す。俺様の腹がグゥっと情けない音を上げた。
「腹減った…」
いよいよもって生きている実感が沸いてきた。依然として空腹状態なのは変わらないが、なんとか身体も動くようだ。ご丁寧に俺様が身に着けていた荷物も近くにまとめて置いてある。
俺様は寝かされていた布団からのろのろと這い出し、近くに置いてあった荷物から自分の服を探し出して身につけた。空腹のせいで上手く頭も働かないし、身体の調子もいまいちだ。
その時、不意にガラリと部屋を仕切っている扉が開いた。
「あっ…」
開いた扉から姿を現したのは美しい着物を纏った一人の女だった。
艶のある長い黒髪はジパングの女特有のものだ。大陸ではこれほど艶のある黒髪にはお目にかかれない。
だが、この女…。
「良かった…気がついたんですね。なかなか意識を取り戻さないので、お医者様を呼ぼうかと思っていた所なんですよ」
「お前が俺様を助けたのか…?」
「…? そうですが?」
警戒感を露にした俺様の声に、女はきょとんとした顔でそう言った。
特に害意や悪意、邪気といったものは見当たらない。ただのお人好しの類か。
「そうか…礼を言うぞ。俺様の名はトロン=マクレイン、大陸に名を轟かせてい
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