「隣国の剣術大会に?」
突然の神官長の申し出に私は困り果てた。
「私の剣は父と母上のためのものです。剣術大会などで見世物にするための剣ではありません」
「我が国の王だけでなく、隣国の王も勇者様の出場をお望みなのです。勇者様のお気持ちはよくわかりますが、ここはどうか…」
ピシャリと断るが、神官長は諦めずに粘ってきた。
彼はこの国の中でも五本の指に入るほどの権力者だが、私と母にだけは強く出ることができない。
国王ですら私と母に命令をすることはできないのだから、当たり前といえば当たり前なのかもしれないが。
「そう言われましても…」
私の剣は見世物にするものでも、ましてやこの国の外交のためのものでも無いのだ。
ほとほと困り果てた私は目で母に助けを求める。
だが、母の答えは私の欲したものとは反対のものであった。
「良いではないですか」
「は、母上っ!?」
「貴方は少々生真面目に過ぎますよ? 見世物になると考えるからいけないのです。貴方の力を、ひいては父の力を示す良い機会ではないですか」
そう言って母はクスクスと笑った。最近、母はよく笑うようになったと思う。
それ自体は良いことなのだが…どうも、なにか引っかかるのは私の気のせいだろうか。
「おお! ではよろしいのですか?」
「人々の希望となるべき勇者が、恥ずかしくて人々の前に姿を現せないようでは様にならないでしょう?」
母にそうまで言われてしまっては仕方が無い。
「ふぅ…わかりました。その話、お受けします」
私は溜め息を吐いてその申し出を承諾する。
「おお! ありがとうございます! 私は早速国王に伝えて参ります!」
満面の笑みを浮かべて神官長が去って行く。今にスキップでもしそうな勢いだ。
「…母上、何故あのような」
「ふふ、たまには良いではないですか。それに剣術大会には世界中から腕自慢が集まります、貴方の見聞を広める良い機会でしょう」
そうニコニコと天使のような(現に天使なのだが)邪気の無い笑みを浮かべながら言われてしまうと、私はそれ以上の文句を言えなくなってしまう。
「やれやれ…出る以上は全力で戦ってまいります。きっと優勝してみせますから、楽しみに待っていてください」
「ええ、帰って来るのを楽しみに待っていますよ。私もお祝いの準備をしておきましょう」
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
勇者は旅立つ。
盲目的に信じるあまりに何にも気付かず、祖国を後にする。
生真面目に過ぎるが故に、彼女を疑うこともできずに。
守護者は祖国を後にする。
護るべき羊の中に、羊の皮を被った凶悪な狼が居るとも知らずに。
―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――
「そんな…そんな筈はありません!」
隣国の外交官から告げられた言葉に私は思わず声を荒げた。
「勇者様…しかし、私どもの特使は確かにその目で見たのです。貴方様の祖国、その王都が邪気に呑み込まれるのを」
「我が国は精強な聖堂騎士達や、敬虔な神官を数多く擁しています。それが、たった三日で…ありえません、何かの間違いです!」
私がこの国の剣術大会に招かれ、祖国を発ってからまだ三日。たった三日だ。
聖堂騎士団と神官達、何より母が護っている王都がたった三日で魔物の手に堕ちるなど、考えられないことだ。
「大変申し訳ありませんが、急ぎ発ちます。王には私が陳謝していたとお伝え下さい」
「ゆ、勇者様! いけません、お戻り下さい!」
私は制止の声を振り切って控え室から駆け出す。
(何かの間違いだ。そうに決まっている!)
心の中でそう叫びながら走り続け、会場の出口な差し掛かったその時。小さな一つの影が私の前に立ち塞がった。
「どこへ征くのだ? 勇者殿」
私の前に立ち塞がったのは一人の少年だった。
赤い外套に身を包み、口元には見た目の幼さに合わない不敵な笑みを浮かべている少年だ。
「俺様を斬るのか? 折角助言をしてやろうと思ったのに」
そう言いながら、少年がニヤニヤと笑う。
気がつけば、私は聖剣の柄に手をかけていた。少年の放つ異様な気配に身体が勝手に反応してしまったようだ。
「これは…失礼」
「ククク、なかなか素直じゃないか。お前は頭が固いだけの教団関係者とは一味違うようだ」
聖剣の柄から手を離した私を見て少年が満足げに目を細める。魔物ではないようだが、それに限りなく近い気配だ。
さしずめ魔人、とでも言ったところだろうか。
「助言、とはなんでしょうか。貴方は何かを知っているのですか?」
「まぁ、以前遠目にお前の母上を見たことがあってね。その時からいつかこうなるであろう事はある程度予想がついていたんだ。このタイミングで事が起こったのはまさしく偶然だがね」
[3]
次へ
ページ移動[1
2 3 4]
[7]
TOP [9]
目次[0]
投票 [*]
感想[#]
メール登録