彼と兎と薬草と

 何事も、訪れる瞬間というのは唐突だ。特に、別れというものはいつだって唐突だ。
 本当に、唐突に訪れる。

 例えば、祖父母との別れ。

 ある日、祖父母の住んでいる村の村長から便りが届き、その事実を知らされた。
 流行り病で、村の人間の半数ほどが帰らぬ人となったのだそうだ。祖父母は、その半数に入ってしまった。
 暫く塞ぎこんだが、両親とその頃出会った――親友に励まされて、何とか立ち直ったよ。
 この親友ってのがとんでもない弱虫でね。足は速いし、色々とスゴイ奴なんだが…なんというか、いじめられっ子体質なんだろうな。
 悪ガキどもに虐められていたところを偶然通りかかった俺と親父が助けたんだ。
 その親父は傭兵上がりでね、まだ子供の俺を『訓練』と称して大人げもなく叩きのめしたりするような人だったんだよ。
 もっとも、おかげで俺も子供にしてはそこそこ喧嘩が強かったんだがね。
 今? いやいや、今は見ての通りただの薬草屋のオヤジだよ。喧嘩なんてもう何十年もしてないね。

 まぁ、その親父との間にも暫くして別れが訪れた。

 隣の町に出かけていって、そのまま帰ってこなかったんだ。
 本当に忽然と姿を消してしまってね。探索隊も出たが何一つ手がかりを見つけられなかった。
 丁度その頃は十五になったあたりだったかな? 流石に悲しみに伏せることはなかったよ。
 あの人の場合、なんというか実感が沸かなかったんだよ。いつも飄々としていて、掴み所がなくて、強い人だったから。
 今でも『よぉ』とか言ってひょっこり帰ってくるんじゃないかと思うくらいさ。

 だが、まぁ――母さんはそうも行かなかった。

 親父が失踪した心労からかな…病がちになってしまって、それから二年と持たずに逝ってしまったよ。
 色々と必死に手を尽くしたんだがね。親友と一緒に薬草について学び、またそれを手に入れるために森に入ってみたりもした。
 天命だったんだろうな…何? 運命だの天命だのって言葉は信じないって?
 そりゃお前さんが運命でもなんでも捻じ伏せられるくらいに強いからだろ。
 俺のような一般人のために運命だの天命だのって落とし所があるのさ。大魔術師様には縁が無い言葉かもしらんがね。

 ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ―――― ――――

「起きろー! ほらほら、今日は良い天気だから仕事日和だよ!」
 ゆさゆさと揺すられてまどろみの中から引きずり出される。ああ、これは他の誰でもない。俺の親友――シスカの声だ。
「朝起こしに来てくれる幼馴染…あぁ、コレで――」
 目をうっすらと開いて俺を起こした人物を観察する。好奇心の強そうな、くりっとした赤い目、綺麗な若草色の髪の毛、そのてっぺんからはトレードマークの長い耳…
「――お前が女なら嫁にするのに」
「なにバカなこと言ってるんだよ…今日は仕事日和なんだから、寝ぼけてないで早く起きなよ」
「あいあい、わかったよぉ…」
 まだぼんやりとする頭をバリバリと掻きながら欠伸を一つ。少しはっきりしてきた目に拗ねたような困り顔(本人曰く怒り顔)をしたシスカが映る。
 上半身は人間に近い姿形をしている。大きく違う点といえば、頭のてっぺんについている長いウサギ耳くらいだろうか。
 下半身は…しこたま獣人らしい姿形だ。まぁ、所謂ウサギの下半身そのものなのだが。
 身体の大きさに比べてかなり大きな…というか発達した足腰だ。この足腰のおかげで俺の相棒であるこいつは素晴らしく逃げ足が速い。
「しかしまぁ、今日もウッサウサだな。お前が女なら押し倒すのに」
「ウッサウサってなんだよそれ…バカな事いってないで早く顔洗ってきなよ」
「へーい」
 あまりからかっていても仕方ないので素直に寝床から抜け出し、顔を洗いに行く。
 ざぶざぶと顔を洗い、塩をつけた歯ブラシで歯を磨き終えると、流石の俺もパッチリと目が覚めた。
 食卓に向かいがてら外の様子を窺ってみる…窓から差し込む眩しい日差しを見る限り、確かに今日はシスカの言っていた通り仕事日和らしい。
「目、覚めた?」
「ああ、バッチリな」
 食卓につき、既に用意されていたサラダをつつき始める。本日の朝食は生野菜のサラダと昨晩作ったポトフの余り物。それとちょっと固くなったパン。質素だが、野菜多目の健康的なメニューだ。
「それにしても最近欲求不満なんじゃないの? 朝からボクの事を嫁にしたいとか血迷っちゃってさ」
「そうかもなぁ…いや、この際お前が男でも…」
「うえぇ!? 何言って――あー…もしかして、夢見が良くなかった?」
 俺の些細な血迷い加減から敏感にこういうことを感じ取る辺り、流石は幼馴染の親友といったところか。
「まぁ、ちょっとなぁ。じーちゃんばーちゃんが死んだ辺りからズラーっと」
「それで朝から変なこ
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