私は人形
生まれてきてからずっと、孤独に生きていた一つの意思のない人形だった
私が「意識」というものを持ち始めたのは何時からだっただろうか
私が「あの子」の手に渡った時に、「私」という存在が芽生えたのを覚えてる
それから「あの子」がずっと私に話しかけてくれるたびに、より鮮明に「私」が目覚めていった
まだ目は見えなかったけど、あの話しかけてくれた声だけはいつまでも忘れない
そうしてしばらくして、私は「観る」ということができるようになった
きっかけは「あの子」が話してくれた、世界の話に興味が湧いたから
始めはぼんやりとしか見れなかったけど、いつの間にか鮮明に「あの子」と窓越しの景色をずっと見ていた
まだ身体は動かせなくて、「あの子」を見ているといつも私の中で…何かが騒いだような気がした
それが「感情」と言われるもので、その気持ちが「心」と呼ばれるものだと言うのは私は知らなかった
私が「心」を手に入れた時、あと少しで私が完成するところで…
「あの子」は深い闇に、飲み込まれてしまった
周りの様子を見ていると、いつもはいない見知らぬ人が多く来ていた…しかしその中にあの子と一番関わり深かったはずの、「家族」と呼ばれる人は見当たらなかった
あの子が私を抱きしめながら、瞳から液体を流して、理解できない声を上げている
あの子の瞳から流れた液体が、私の頬を伝い…口に入ってくる
「しょっぱい」…それが私が初めて感じた、味覚だった
それと同時に、私を抱きしめるあの子の温もりと悲しみの気持ちが身体に流れ込んできた
…私は初めて、気持ちというものが理解できるようになった
ずっと見てきたのに、ずっとずっとあの子のそばにいたのに
抱きしめてあげることも、声をかけてあげることも、何一つ出来なくて…
どうして私は生きていないんだろう?
どうして私は動かないんだろう?
今すぐあの子を抱きしめて、悲しみを癒してあげれるのは私だけなのに…
今すぐあの子を抱きしめたい
今すぐあの子を慰めてあげたい
今すぐ…あの子を泣き止ませてあげたい
そう今までより強く、強くそう願った時…私の口から音が生まれた
「泣か、ないで…」
伝わったか分からないけど、初めて私はあの子に話しかけることができた
そうして初めて私は、自分からあの子に触れることができた
柔らかくて、暖かくて…そして、とても…心地いい
私が話しかけると、私が抱きしめると…あの子は私の胸で一層に声を上げて泣いた
私はどうしていいかわからなかった、その時の私に出来たことは…ただあの子の涙が枯れるまで抱きしめることだった
あの子が泣き疲れて眠りに落ちた頃、私は初めて動かす四肢の感覚を確かめる…地に足をつけて感じる自身の重さ、自分の指で感じる物の感触全てが初めての出来事
ベッドで眠るあの子の寝顔を見ると、胸がいっぱいに何かが膨れ上がる…そうして、あの子の頬を伝う涙の跡を見ると、頭が燃え上がるような感情が溢れる
それは初めての「幸せ」という感情と、「怒り」という感情
私はあの子が寝ているうちに、あの子が泣いた…悲しませた原因を突き止めなくてはいけない、きっとそれにはあの子の「家族」と呼ばれる人がいなくなったのに関係してるはず
部屋にある本を全て読み、限りある知識を全て探ってみるけど…どうしてあの子が悲しむのか分からなかった
暗い静寂の中で、私は初めて頭を使って考える…ぐるぐるとあの子の顔が頭の中で行ったり来たりしてるけど、答えに辿り着かなかった
でも、答えはすぐ近くにあった
ずっとあの子に抱きしめられていた私は、初めてこんなにあの子から離れて…気がつけば身体が冷たく冷え切っていた
…あぁ、あの子が泣いていたのはこういうことだったんだ…きっとあの子を暖めてくれる人がいなくなってしまったから、だからあの子はあんなに泣いていた
それがあの子の「家族」と呼ばれる人で、あの子の大切な人…
私で言うならば、あの子だ
もし、私の前からあの子がいなくなったら?私はずっとこの寒さに耐えなければいけない…?
そんなもの耐え切れるわけがない、あの子はこれから先…ずっとこの寒さの中を過ごさなくてはいけないなんて…
そんなこと、私がさせない
これからは私があの子の家族になろう、これからも私はあの子の家族でいよう…決して離れることはしない、悲しませることも辛い思いも絶対にさせない
あの子が望むならなんでもしてあげよう、世界のあらゆるものから私は彼女を守ってあげよう
それが私が生まれた理由だから
それがきっと、私がリビングドールになったわけだから。
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