まましゃーく

俺は昔から出来た人間では無かった


これといった特徴は無いし、これといった自慢できる程の経験があるわけじゃない…何かの記録を残すなんてこともしたことがなかった


それに比べて俺の母親は偉大な人だった、俺が産まれてから早々に父親が病気で亡くなり…その後もたった一人だけで俺を育ててくれて…しかしそんな母親も、ついこの間事故で亡くなってしまった


俺にとって母親はこの世の全てだった、ずっと母親には迷惑をかけてしまっていたし…これから親孝行してあげるつもりだったが…それはできない


全てだった母親が亡くなった俺が、絶望の底まで落ち…自殺を決意するまでそう時間はいらなかった


「…いい風だ」


人目のつかない、立ち入り禁止の丘…から下には波が荒れ狂う海原が広がっていく


ここからなら、身を投げれば確実に死に至る…自ら死ぬには最適と言えるだろう


「母さん、死んだらきっと…会えるかな」


遺書は書いていない、そして誰にも行き先は教えていない…誰も俺が死んだことはわからない


これでいいんだ、何もない…目標のない人生を送るくらいならば…


そう決断し、俺は前へ足を進める


一歩、二歩…そして片足が丘の角へ着く、あと一歩で飛び降りれる


三歩…踏み出して身体が浮遊感に襲われて、そして視界が蒼に変わり身体に衝撃が走り…そのまま身体が動かなくなり視界が黒に変わっていく


息が苦しくなって、肺の空気を全て吐き出すとその気泡がどんどん上へと登っていくのが見える…そしてその気泡が見えなくなると辺りは完全な闇に包まれて、俺は意識を手放した


しばらくして…と言っても、どのくらいか分からないが俺はふと意識を取り戻した


「…うっ…」


ここは天国だろうか地獄だろうか…あの高さから海に落ちて助かるとは到底思えない…


「おいお前、大丈夫か?」


「…ぇ?」


視界に広がったのは、俺を覗き込むように見つめていた幼い少女の顔だった


青白い肌に琥珀の様な目、口からはちらりとギザギザとした歯が見える…銀色の髪を揺らしてこちらを心配そうに覗き込んでいる


「ここは…?」


「よかった…無事みたいだな」


目の前の少女が安心した様な顔で胸を撫で下ろした、俺はここが何処なのか辺りを見渡してみるとそこには色とりどりの魚が優雅に遊泳して、プカプカと下から宝石のような気泡が立ち上っては上に消えていく風景だった


その幻想的な風景に暫し目を奪われた俺だが、すぐにおかしいことに気づく…ここは海の中のように見えるのだが、俺の身体はまるで水の抵抗を感じず、息苦しさもなかった


「何周り見てキョロキョロしてんだ、そんなに海が珍しいのか?」


「いや、なんで海の…中に…」


俺は少女の問いかけに返そうとして、少女見て言葉を失った…それは彼女がどう見ても人間には見えなかったから


腕や背中、腰からヒレのようなものが生えていて…下半身はまるで魚のような尾びれが生えたものになっている、腰の周りや手首にはアクセサリーのような牙の形をしたものが無数についていた


一見すると人魚のように見えるが、その全貌からまるで鮫のように見える…どうやら彼女は海に住む魔物のようだ


「な、なんだよじろじろ見て…は、恥ずかしいからやめろって…」


「あ、あの…君、魔物…?」


「なんだ今更だな、驚かないからてっきり見慣れてるのかと思ったけど…そうだぞ、わたしはマーシャークって魔物だ」


魔物…それは今や知らない人はいないであろう、人とは違う人と共存する生き物…しかし人の世に入っていている魔物はまだあまり多くなく人からしたら多少珍しい存在である


マーシャーク…確か海に住む鮫のような特徴を持った魔物だったか、彼女の見た目からするとまだ幼いように見えるし子供のマーシャークなんだろう


「君が、俺を…?」


「あぁ、わたしが泳いでたらお前が溺れてて沈んでいくのが見えたからな…意識がもう無かったからわざわざシービショップのとこまで行って治療してもらったんだぞ?だからほら、今だって水の中でも苦しくないだろ」


どうやら彼女は海に落ちた俺をご丁寧に助けてくれたらしい…小さいのに行動力のある魔物だ


「そっか…俺、死ねなかったのか…」


「ぁ?どーいうこと?」


俺は可愛らしく小首を傾げる彼女に今までの海に身を投げた経緯を話した…


話し終わると彼女は怒ったような悲しんでいるような、そんな表情で俺を見た


「…話は、わかった」


「…ごめん、せっかく助けてくれたのに」


「…アンタにだって理由があったんだろ、謝らなくていい。けどな…アンタのその、死んじゃったお母さんはそれを望んでるのか?アンタの慕っていたお母さんはそんな人だったのか?」


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