30ページ:ドラゴン・インプ

「…………」
「輝様…本を読みながら歩くのはやめてください…」
「だめね…完全に本の虫になってるわ…」
「…輝はんっていっつもこうなん?」
「わっちにはよくわからん…何時ものことではないのかの?」

旅の仲魔が増えたことで、我輩の旅も随分と賑やかになった。
以前なら分からなかった事も、仲魔の中にその手の知識に詳しい者がいたりして随分と助かっている。

…その分体力を消耗することになったであるがな…今まで通りの観察をするのも難しくなってしまったであるし…

「…むぅ…」
「読み終わったかしら?琴音ちゃんがむくれてるわよ?」
「ぬっ…すまんな、以前から手を出してみようと思っていたものだったから少し集中しすぎていた。」
「…それで、どのような事が書かれているのですか?」
「うむ、しょうかんまほうとやらであるな。」

そう言いつつ、読んでいた本を見せる。

「えっと…『スライムでも出来る召喚魔法〜初級編〜』?」
「うむ…恥ずかしいことではあるが、我輩はまほうと言うものをうまく使えなくてな…その練習をするために、簡単そうな物を選んでみたのである。」
「…真っ先に召喚魔法を覚えようとする所が輝ちゃんらしいわ…」
「初めの内はもうちょい簡単な魔法から覚えて行くのがええと思うけど…」

むぅ…しょうかんまほうとやらは我輩の様な訓練された初心者には向かないのか…
しかし…弥生の持っていた本の中にあったものはこれだけであるし…

あ、弥生(やよい)とは先日仲魔になった刑部狸の名前である。

「まあ、基礎は覚えたであるから応用しつつ実践してみるしかないであるな。」
「本当に大丈夫なのかの?」
「我輩に不可能は無い、まぁ見てるである。」
「輝様その台詞はだめです、失敗する気しかしません。」

琴音の不安そうな表情を尻目に、刀の鞘で図を描いていく。
えっ?鞘はこう使う物じゃないって?
我輩がこの使い方をすれば、それが鞘の使い方の一つになるのだから問題はないである。

もう少しで描き上がる…といった所で、周囲の茂みから不自然な物音が響いてくる。

「輝ちゃん、お客さんみたいよ?」
「適当に応対しててくれ、もう直ぐで描き上がるである。」

等と暢気な事を話していると、茂みの中から人相の悪い男が現れた。
数は全部で5人…皆小汚い格好をしているが、手にはそれなりに手入れされた武器を持っているであるな…
その中でも一際大きな斧を担いだ男が、我輩達に大きな声で話しかけてくる。

「おいそこのチビ!命が惜しけりゃ金目の物と女置いていきな!」
「ボス!この女達すげぇ美人ですぜ!」
「へっへっへっ…久しぶりに楽しめそうだな…」
「…何で人間の男性は息をする様に旗を立てるのでしょうか…」
「世界の七不思議の1つだから永遠に謎のままよ。」

…………よし、我ながら美味く描けたである。
次は…魔力を流し込みながら呪文を唱えるか…

「むぅん…ロジンネ リノイ ウョシイエ キヤササ…」
「輝ちゃん、失敗したら灰になっちゃうからその呪文はダメよ。」
「奴らがどうなろうと構うものか!サモンモンスター!」

我輩が叫ぶと、地面に描いた魔法陣が眩しいほどに光り輝く。
それと同時に酷い倦怠感を覚え、我輩はその場に座り込んでしまった。

「あ、輝様!大丈夫ですか!?」
「むぅ…体中の力が抜けていく様な感じである…」
「待っててな!今薬を用意するから!えっ?飲めない?せやったら口移して…」
「言っとらん言っとらん、口移しならわっちがやっておくから薬を渡すのじゃ。」
「そんな事より薬を早く……ぐっ!?」

魔法陣が一層強く輝き、耐え切れなくなって目を覆い隠す。

「……我の眠りを妨げる者は誰じゃ?」

ようやく光が収まり、未だに眩んでよく見えていない目で魔法陣の方を見る…
そこには、多くの人間や魔物から恐れられる、地上の王者が立っていた…

……のはいいのだが……

「…何故ドラゴン殿がここに?」
「ん?…おぉっ!輝じゃないか!会いたかったぞ!」
「わ、分かったから離し…あぁ…胸の感触が…いい香りも…」
「…輝様?」
「頼む離してくれ、今度は八尾になるまで搾り取られそうである。」
「ふむ…それは大変そうだな…だが断る。」

そう言って、我輩の額に軽く口付けをしてくる。

「むっ!輝様は渡しませんよ!」
「そうよ、輝ちゃんは私の夫になる子なのだからね。」
「いいや、うちといっしょになって商人夫婦として生きて行くんや!」

開いた方角から3人が抱きつき、豊満な胸×2と控えめな胸×2が我輩に押し当てられる。
幸せではある…幸せではあるのだが、息が苦しい上に凄く嫌な予感が…

「まったく…そんな事をしていていいのかの?」
「桜花…助けてくれる…」
「取り合いなどせず、皆で分け合えばいいではないか。」

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