16ページ:リリム・稲荷・龍

我輩の前に、恐ろしい力を持つ魔物が立っている。
悪魔を思わせる様な白く大きな翼と尾、色白で触り心地の良さそうな素肌、一目見ただけで心奪われ全てを捧げたくなる様な美しさ。
彼女には魅了の魔法なんていらない…彼女に見つめられるだけで、彼女の声が耳に入るだけで、彼女の香りが漂うだけで、あらゆる男が骨抜きになってしまうであろう…
彼女はリリム…魔王の娘であり、サキュバス達の頂点に立つ存在…

そんな事よりもだ…

「来たわね愚かな勇者よ…我が元まで来れた事を称え、私の腕の中で眠る権利を与えてあげるわ…」
「そんな事より突っ込ませろ。」
「あら?エッチがしたいなら言ってくれればいいのに。」
「そうじゃないである!なんでこんな港町にリリムがいるのであるか!?」
「居てはいけないの?酷い事を言うのね…シクシク」
「口で泣き真似をする奴を初めて見たである…じゃなくて!」

ペースを乱されっぱなしである…気を取り直して状況の整理でもしよう…

1.前回の後、近くを通った海賊船を強奪。
2.ちょっとした運動をしながら無事に港町まで到達。
3.奇妙な人集りを発見、様子を見に行く。
4.中心に奴を発見、奴も此方に気付く。
5.現在に至る。

とまぁ、こんな具合である。

「貴様には今までの事を含めてたっぷりと礼をせねばならんな…」
「そんな…お礼だなんて…優しくしてね♪」
「ふむ、苦しむ間も無く楽にされたいのであるか。」

腰の刀を抜き、切先をリリムへと向ける。
野次馬が騒ぎ始めるが関係ない、我輩はいたって冷静だ。

「あら?お礼ってそっちの方なの?」
「我輩をこんな体にしておいて…感謝されるとでも思ってたのであるか?」
「魔に墜ちる事無く永い生を得る…人間が一度は夢見る事ではなくて?」
「夢に見るのと実際に得るのは別物である、それに我輩はそんな物は望んではいなかったである。」
「…私がここに居た理由…分かるかしら?」

突然、彼女の雰囲気が変わった。
先程までの緩んだ空気が嘘の様にピンと張り詰め、息苦しささえ感じる。

「あの後私は後悔したわ…いくら胸を触られそうになったからといって、人一人の人生を狂わせる様な事をしてしまった…」
「…………」
「何度も貴方の所へ行こうと思ったわ…でも、怖かった…貴方が余計に傷付いてしまいそうで…」

彼女が嘘をついている様子は無い…ついたとしても何のメリットも無いであろうが…

「言うのが遅れてしまってごめんなさい…本当にすまないと思っているわ…」
「……言いたい事はそれだけであるか?」
「ええ…貴方が私を斬らないと気が済まないなら…斬ってもらって構わないわ…どんな罰でも受けるつもりよ…」
「そうであるか…」

我輩が刀を振り上げると、彼女は静かに目を瞑った。
彼女が覚悟を決めたのを確認し…

我輩は刀を鞘へと納めた。

「はぁ…我輩の思っていたリリムとは全然違うであるな…」
「…えっ?」
「リリムはもっと堂々としていてカリスマ溢れる者だと思っていたが…貴殿からはそんな物が微塵も感じれない。」
「そ、そんなに言わなくても…」

やや涙目になり、酷く落ち込んでいる様子のリリム…こんな姿は滅多に見れそうに無いであるな…

「と言うより、あんなに昔の事を覚えていたと言う事の方が驚きであるぞ…」
「だって…本当に悪い事をしたと…」
「我輩は…少しだけ感謝しているのであるぞ?」
「えっ!?」
「貴殿のおかげで、我輩は今を楽しめているであるからな…良い事ばかりとは言いがたいが。」

彼女に出会っていなければ、我輩は特に何の功績も挙げないままその辺でくたばっていたであろう。

つまり、これが書けているのも遠回しに言えば彼女のおかげである。

「と言うわけで我輩は特に気にしてないであるから、安心して夫とイチャイチャするといいである。」

そう言い残し、かっこよく去ろうとする…
…が、突然後ろから何かに抱きつかれた…まぁ、見当はついているが…

「い、いきなり何をするであるか!?」
「やっぱり、貴方に会いに来てよかったわ。」
「それは分かった!でもこんな人目の多いところで抱きつくなである!」
「見られながらっていうのもなかなか興奮するわよ?」

押しても引いても離れそうにないである…
男としては喜ぶべきなのだろうが…素直に喜べん…

「安心しなさい、優しくしてあげるから。」
「ちょっ!?何いきなり脱ぎ始めているであるか!?」

我輩の力では彼女の暴走を止めれそうに無いである…
野次馬の中から勇気のあるものが出てくれれば…

その時、野次馬の中に見覚えのある人物が見えた。

「…琴音?」
「あ、輝様!やっと見つけましたよ!」

そう言い終わる前に我輩に飛びつき、痛い位に強く抱き締めてきた。
えっ?琴音はジパングに居るはずであるよな?
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