9ページ:ネコマタ・提灯おばけ

「父上…母上…我輩は帰って来たである…」

日が海の向こうへと沈み行く時刻、我輩はある場所へと来ていた。
目の前には、我輩の父上と母上の墓がある…
小さい頃は、ちょっとの事で喧嘩をしたり怒られたりしたが…こうして当人の墓を見ていると、もう決して会うことが出来ないという事が重く伝わってくる。
あの時…家を出ずに継いでいたらどうなっていただろうか…妻を向かえ、平凡に暮らして死んでいたのだろうか…

やめよう…我輩らしくない…

「随分と汚れているであるな…」

墓石には苔が生え、見た目が非常に悪かった。
もって来た桶の中から雑巾を取り出し、軽く水を絞って墓石を磨いていく。
親孝行らしい事は何も出来なかった…いまさら後悔してもどうにもならないであろうがな…

…うむ、綺麗になったである。

「父上…鉄の血は、我輩がいなくてもしっかりと守られていたである…」

我輩が昨日、倉庫前で会った男は鉄家の八代目だと言っていた。
我輩が家を出た頃には兄弟はいなかったであるから…弟が生まれて、我輩の変わりに後を継いだのだろうか…?

「母上…琴音は、今でも元気にしているであるぞ…」

琴音は、我輩が生まれた時と同じくらいの時に、父上が山奥で一人泣いていたところを連れ帰ったのだという…
彼女の近くには、無残な姿で息絶えた稲荷と、無数の人間の死体が転がっていたらしい…
自らを犠牲にしてまで、娘を守り通して息絶えたその姿に敬意を表し、一族総出で彼女を育て、守る事をその場で誓ったという。

母上は、特に琴音の事を大切にし、実の娘の様に可愛がっていた。
あの時の八代目の怒り方を考えても、母上の琴音を大切にしたいという思いはしっかりと受け継がれていたようだ。

…それよりも、父上が徹底していた家の管理についての事が、随分と疎かにされているようであるが…

「暗くなって来たであるな…そろそろ帰るであるか…」

用具を手に持ち、家へ帰ろうと歩き出した…

「…あの…」

声のした方を見ると、小さな少女と一匹の猫がいた。
見た目だけなら普通の猫と子供…と言いたい所だが、明らかにおかしい部分があった。
先ずは少女…彼女の腹の中に炎が灯っており、彼女の周囲が明るく照らされている。
次に猫の方だが…一見普通に見えるが、よく目を凝らして見ると二本の尻尾を一本に見せかけている事が分かった。
父上から聞いたことがあるが、道具の中には、長年使われ続けることによって魂が宿り、妖怪へと姿を変える物があるという…

おそらく、少女の方は提灯おばけ…猫の方は、ネコマタと言う妖怪だろう。

「む?我輩に何か用であるか?」
「えっと…貴方は響様の知り合いの方ですか?」

響…父上の名前であるな。
名前を知っているという事は、父上と面識がある者達なのだろう…

「むぅ…まぁ、一応知り合いであるが…それがどうしたのであるか?」
「私達は響様に恩を返したくてここへ来ました…ですが、響様は既に…」
「………それで、どうすれば恩を返せるか分からない…と?」
「…恥ずかしながら…」

父上は、物を大切にし、動物を可愛がる心優しい人だった。
歴代当主の中では一番の変人だとも言われたが…職人としても、武人としても、一家の主としても、父上は歴代当主の中で最も優れた人物だった。
やたらと妖怪に好かれる所もあったが、人妖問わず人望のある、皆から愛される人だった…

「…ついて来るである、貴殿等を必要としてくれそうな所へと案内しよう。」
「本当ですか?ぜひ、お願いします。」

深々と頭を下げ、感謝の意を表す少女。
歩き出そうとしたその時、一陣の風が我輩の体を包み込み、去って行った。
その風に冷たさは無く、暖かくて誰かに優しく抱かれている様な、不思議な安心感があった。

父上…母上…我輩にもう迷いは無くなったである…最後まで己の意志を曲げず、必ずや歴史に名を残す偉業を成し遂げて見せるである!

父上と母上へ思いを馳せながら、いつもより明るい夜道を歩き始めた。





「という事で、彼女達を雇ってやって欲しいのである。」
「ふむ…」

これまでの経緯を話し、彼女達を雇ってもらえないかと八代目に提案をしてみた。
聞く所によると、八代目も妖怪への理解が深く、人妖問わず平等に扱うとの事なので多分大丈夫だと思うが…

「恩返しを止める道理も無いし私は一向に構わない、ようこそ鉄家へ、私達は君達を歓迎するぞ。」
「ありがとうございます!精一杯がんばるのでよろしくお願いします!」

うむ、これでいいであるな。
さて…疲れたし、我輩は休むであるか…

「あっ…あの…」
「む?」
「後でお部屋へ伺ってもいいでしょうか?」
「かまわんであるぞ。」
「ありがとうございます、では後ほど…」

彼女が頭を下げたのを確認し、部屋を出る。
正直
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