53ページ:ダンピール(リシェル)

鉄一行の立ち寄ったこの村には、彼等にとって馴染み深いものがあった。
木製の桶と腰掛に石造りの広い浴槽…満天の星空と淡く輝く月が臨める空…
所謂露天風呂と呼ばれるものだ。

湯煙に包まれた浴槽に誰かが入っているようだが…

「可愛い魔物娘だと思ったか?残念!入ってるのは我輩である!」

入っていたのはサービスにも何にもならない野郎だった…



此方に着てからはこんなに大きな露天風呂には出会わなかったであるが、まさか偶々立ち寄った村にこんな立派なのがあるとは…運がよかったであるな。
湯船に浸かり、熱燗を楽しみながら月を眺める…こんな贅沢なことが大陸でも出来るとは思わなかったぞ。
後は美女の一人や二人………いなくていいや、昨日も泣かされたであるし…

「あっ、師匠もお風呂ですか?」

我輩を師匠と呼ぶのはリシェルくらいであるな。
振り向いてみると、タオルで胸元から股の辺りまでを覆い隠したリシェルがそこに立っていたである。

「リシェルも風呂か?」
「はい…あっ!お背中お流ししましょうか?」
「いや、我輩はもう体は洗ったである。」
「そうですか…その、ご一緒してもいいですか?」
「我輩はかまわんぞ?」
「では、体を洗ったら入りますね。」

そう言って、桶と腰掛を持って体を洗いに行った。
熱燗をちびちびと飲みながら暫く待っていると、体を洗い終わったと思われるリシェルが我輩の隣へとやってきた。

「あぁ…あったまりますね。」
「うむ、やはり露天風呂はいいものであるな。」
「このお風呂を作った人はジパングに行った事があるそうですよ?何でも、その時に入った露天風呂の気持ちよさが忘れられずに自分で作ってしまったのだとか…」
「見事な行動力だと感心するが何処もおかしくないであるな。」

その人とはいい酒が飲めそうであるな…後で誰かを教えてもらうとするか。

「そう言えば、師匠もジパングから大陸にやってきたんですよね?」
「うむ、それがどうかしたのか?」
「よろしければどんな所か教えてもらえないかなと…」
「ふむ…聞いても面白くないと思うぞ?」
「師匠に関係することで面白くないことなんて無いですよ!」
「何処からそんな自信が湧いて来るのだ…まぁいい、酒の肴になるかは分からんがちょっと話すか。」



「むっ?輝とリシェルはどこじゃ?」
「輝様はお風呂ですよ、リシェル様は…ちょっと分からないですね。」
「真面目に修行してるんじゃないかしら?輝ちゃんと違ってね。」
「あんま苛めん方がええで?その事も輝はん相当へこんどったみたいやし…」
「苛めてるつもりは無いのよ?好きな子にはちょっかいを出したくなっちゃうあれよ。」
「程々にな…あんまりやりすぎると嫌われるぞ?」
「輝はんの事やから、嫌った振りをして反応を見て楽しんだりしそうやな。」
「その可能性も絶対に無いとは言い切れないんですよね…」



「ジパングの魔物は人間と上手く付き合ってるんですね…」
「うむ、危険な魔物はそんなにいないから自然と警戒心も薄くなってる…全く問題が起きないのかと聞かれたら答え辛いがな。」
「いつか私も行ってみたいです…」
「機会があったら寄りたいであるな…」

ジパングの話を誰かにするなんてことはあまり無かったが、改めて考えてみると凄く過ごしやすい所であるな。
…故郷を懐かしんでいたら無性に帰りたくなってきたである…アカオニ殿やアオオニ殿は元気だろうか?

「あー…こんな事を考えるなんてらしくないであるな…まだまだ酒が足りない証拠だな。」
「酔い潰れたら魔物にいいように襲われちゃいますよ?」
「…そういうのも悪くなさそうだな。」
「えっ?襲っちゃってもいいんですか?」
「我輩は今は丸腰、力では魔物には全く歯が立たない、今襲われたら抵抗出来ずに美味しく頂かれてしまうだろう。」

リシェルが生唾を飲み込む音が聞こえる…

「…師匠…私…」
「…我輩は人に物を教えれるほどの腕は無いし、我輩自身修行中の未熟者である。」
「師匠…」
「そんな我輩だが…これからもよろしくな。」
「…はい!」

嬉しそうに我輩に抱きついてくるリシェル。
こんな我輩を師と呼んでくれるのだ…大切にしてやらんと罰が当たるだろう。
もちろん琴音やアレクシア…桜花と弥生も大切にするぞ?皆我輩の大切な仲魔である。

等と考えていると、リシェルがモジモジし始めた。

「ん?どうしたのだ?」
「師匠…私もう…」

頬を赤く染め、潤んだ瞳で我輩を見つめる…
あー…これはつまり…そういう事か…

…さっきはああ言ったが我輩は逃げる、偶にはぐっすりと寝たい…

「逃がしませんよ?」
「あっ…」

浴槽を出ようと立ち上がったが、リシェルに捕まり引きずり込まれた。
そのまま我輩の手を握って指を絡めてくる…

「襲われてもかまわな
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