眼鏡とネズミ

「それじゃ。特訓に行ってくるね」
「きちんと留守番しているのだぞ」
少年とリザードマンが出かける。
私はお留守番。

私は特訓禁止中。
昨日、服がボロボロになるくらい特訓をしたら、少年に凄く怒られた。
一人で危ない事をしちゃ駄目って怒られた。
だからお留守番。

「研がないといけない包丁はどこ?」
これとこれとこれ。
「ねー、洗濯物は」
全部干した。
「買い物を頼みたいのだが」
買って来た。
「お昼寝したいぞー」
まだ朝。

「何だか、すごい張り切ってるねー」
なぜかラージマウスがくたびれたみたいに、テーブルに突っ伏してる。
眼鏡ラージマウスがその隣に座る。
「久しぶりに体を動かして、力が有り余っているのだろう」
うなずく。

今の私はじっとしていられない。
でも特訓は駄目。
だから体動かせる時はいっぱい動かす。

「落ち着きなって。見てるこっちが疲れるよ」
首をかしげる。
「そうだな。折角の休みなのだ。ゆったりと休みたまえ」
でも動き足りない。

「あー、もう。ラージマウスの方が落ち着いているじゃない」
金槌リザードマンも座る。
ラージマウスが眼鏡ラージマウスを見る。
「そういえば。私は元冒険者で魔力の扱いに慣れているから、落ち着いていられるんだけど。何で私より落ち着いているの」
「それもそうだよね。元ネズミだから?」
二人の視線を受けて、眼鏡ラージマウスが眼鏡をかけなおす。

「私のこの眼鏡のお陰だ」
ラージマウスが物珍しそうに眼鏡を見ている。
「眼鏡? あ、もしかして魔道具?」
「そうだ」
首をかしげる。

「この眼鏡は私の主が使っていたものだ。詳しい話は割愛するが、この眼鏡は魔力をコントロールするための道具だ」
だからお風呂の中でもかけていた。
「そういう事だ。眼鏡が無ければ、恐らく男女関係なく襲っているだろう。例えば、君でもね」
襲う?
「……返り討ちに合う未来しか想像できないのだが」

襲われる前に襲う。
「私はぬいぐるみではないのだが」
「あはは。少年に抱きつけないから、その代わりなんだねー」
ラージマウスが楽しそう。

「このちみっこいのはさ。たぶん人恋しいんじゃないかな?」
「確かにねー。まだちっさいしねー」
金槌リザードマンとラージマウスは仲がいい。
元剣士のリザードマンと、元人間のラージマウス。
何か共通している所があるのかな。

「ねーねー眼鏡っち」
「何だ」
「魔法使いさんの使い魔ってのをしていたんだよね。どんな人だったの?」
「あー。私も興味あるよ」
ラージマウスも乗り気。

「私の主は魔法使いと呼ぶにはあまりにも情けの無い人だった」
「ドジだったの?」
ラージマウスの言葉に眼鏡ラージマウスが頷く。

「それに動物好きでね。何時も猫を膝の上に置いていたよ」
眼鏡ラージマウスの天敵。
「ただのネズミであれば3日と経たずに餌になっていた。私は使い魔だったのでね」
「使い魔ってのなら食べられないんだ」
今度は金槌リザードマン。

「いや。単に猫が嫌がる匂いを体につけていただけだよ」
「それってさ。使い魔って事と関係ないよね」
次はラージマウス。
「使い魔は通常の動物より知能が高い物だ。そして私は自分でその匂いの元を作り、体につけていたのだ」

「ネコイラズ、ね。というか、使い魔の面倒くらい魔法使いが見れば良いじゃない」
「主はドジだったのでね。主に任せると、火達磨になりかねない」
「あははは。家事全般の世話もしていたの?」
「そこまでではないが。この眼鏡を良く失くしていた。私が探す事が多かった」

ラージマウス同士、会話が弾む。
魔法の事ならラージマウスの方が食いつく。
猫の話や、魔法使いの友達の話が出ると金槌リザードマンも参加する。

「じゃあ、ある意味で形見なんだねー」
「当の本人は魔術の研究より、サキュバスと寝る方が多いからな。宝の持ち腐れと言う事で、譲り受けた」
「いいじゃない。幸せそうでさー」
「むしろ魔物になって以来は生殺しのようなものだったぞ」
3人はやっぱり魔物。

「あれ。でも魔法使いとさー。えっちはしなかったんだ」
「いや。魔物になりたての頃はサキュバスと競うように精を搾り取っていた」
肩越しに見ると、眼鏡ラージマウスが唇を舐めていた。

「十分な魔力を得て、たまたま眼鏡をかけた。それが人生の転機だったな」
「魔力をコントロールできるようになって、変に冷静になっちゃったってわけか」
「そういうことだ。まぁ、主からはその後も精を搾り取ったがね」
眼鏡ラージマウスが嬉しそうだけど。
楽しそうに見えない。

「心の在り様が変わり始めていた」
眼鏡ラージマウスは遠くを見ている。
ここじゃないどこか。
「自分と主の関係。そしてサキュバスとの関係。冷静に見るようになってしまったことは幸せか、不幸か
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