先端に重く分厚い鉄の板が刺さった棒を振り上げる。
鉄の板は丸みを帯びた刃が備わっていて、人の肉くらいは断ち切れそうに見える。
私は額に汗を滲ませて、足元を見る。
正確に、外さないようにと祈りながら、振り上げたそれを振り下ろす。
ザクリと音を立てて、鍬の先端が地面に突き刺さった。
「ふぅ。こんなものかな」
額から垂れる汗を袖で拭う。
魔術師が好んで着用する、ゆったりとしたサイズの魔術服がほんの少しだけ土に汚れる。
汗を拭った後で土汚れに気づいたけど、気にせず作業を再開する。
白と緑をベースに作られたこの服は学校に通っていた時の服で、専攻していた学部が「土魔術」だから土汚れぐらいいつもの事、むしろ土に汚れこそだと自分に言い聞かせる。
あの三角眼鏡の先生もいないのだから怒る人もいないし。
「ん〜。運動した後って気持ちがいい〜」
辺りには耕されて盛り上がっている畝が幾つも作られている。
そのうちの一つ、少しデコボコしている畝が私の作った畝だ。
満足感に浸りながら大きく伸びをすると、高地の涼しい風が運動後の熱さを冷やしてくれる。
「マスター。そろそろ休憩してはどうでしょう」
目を閉じて涼感に浸っていると、首にかけている黒曜石の首飾りから若い娘の声が聞こえてきた。
「うん。農家の人って、本当に凄いなー。まだまだこれからって顔をしてるよ」
私が手を振るとおじちゃんやおばちゃんは元気そうに手を振り返してくれた。
耕したばかりの畑から離れた位置に生えている木の根元に腰を下ろす。
私は胸元にある黒曜石の飾りを持ち上げる。
「どうかな、この畑」
私は指で抓んだ暗紫色の石を見つめる。
私の大切な友人の宿る石は太陽の光できらりと光っている。
宝石の様に滑らかで、気をつけないと指を切ってしまいそうな硬質感。
黒曜石は古い時代には祭器として使われていて、さらに古い時代ではナイフとして使われていたみたい。
その石に宿る土の精霊、ノームが私の質問に答える。
「今年の豊作は間違いないですよ」
「今年のって、来年は大丈夫なの?」
「マスターが怠けなければ大丈夫です」
「もう。ノムったら意地悪言って」
私が臍を曲げても土の精霊は態度を変わらない。
でも石から伝わるノムの気持ちを元に組み上げたイメージは、少し楽しそうに笑っているように見える。
そう、私の中の「イメージ」。
私が契約している土の精霊ノーム、愛称ノムの姿は黒曜石であって、微かに瞬く光と契約の絆から伝わる意思以外にノムの感情を把握する方法がない。
私はのんびりとノムと一緒に寝転がりたいのに、ノムは固い石の姿で転がる以外の移動手段がない。
ノムも(のんびりするという点はさておき)今の姿が不便だと言っている。
会話が途切れて生まれた沈黙。
長い付き合いに私には、ノムの今の心境がわかる。
「マスター。私が言いたいこと、わかりますか?」
「うん。魔精霊になるかって事だよね」
私は目の前に広がるたくさんの畑を見る。
体力のない私がへばっても現役農家のおじちゃんたちは元気よく鍬を振り下ろして土を耕している。
風に乗ってきた土の匂いが私の鼻をくすぐる。
「土の精霊の力は契約者を持つ事で増幅されます」
「うん」
畑を見ると私が耕した畝とおじちゃんたちが耕した畝は、土の荒さも盛られた土の均一さもまるで違う。
私は暗紫色の石を抓み、不出来な私の畝を指差す。
「あれをこーして、それからこうして」
綺麗な畝のイメージを思い浮かべる。
「うん、こんな感じかな」
指先に精霊の力を込めて、視界にある畝を指でなぞる。
すると私の畝が細かく振動して、目の細かく綺麗に整った畝へと変わっていく。
「よし。私のノルマ終了っと」
「マスター。ズルは駄目です」
ノムが非難して来るけど、私は少しだけ舌を出す。
「いいじゃない。私の体力だって残しておかないと駄目でしょ」
「……はぁ。私のマスターは、ダメダメ人間です」
「ひどいなぁ」
「おーい、リリアちゃーん。この石、頼むよー」
「あ、はいはーい」
村で一番むきむきなマッスおじさんに呼ばれて来てみると、おじさんの前に一抱えはある大きな岩が埋まっている。
「これを退かしてくれないかな」
「任せて。んー、ちょっと離れててくれる?」
マッスおじさんが少し離れた位置に移動したのを見てから、腰にさしたワンドを引き抜いてその先端を岩に向ける。
「『意思無き者よ。我、魔力により汝に仮初めの命を与えん』」
呪文を唱えながらワンドの先端で岩に文字を描く。
魔力の篭ったワンドを伝い、岩に魔力が篭っていく。
「『E.M.E.T.H。立ち上がりて頭を上げよ。汝の名はユノ』」
詠唱を終えると岩が揺れ始める。
軋んだ硬い音を立てて岩が変形し、或いは割れて組み合わさる。
出来上がったのは1頭身の岩のゴーレ
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