田舎町の人魚姫

 ジョギングやペットの散歩、さらにはデートスポットとして地元で人気の場所といえばどこか。
 この街ではまず最初に浜夏公園が挙げられる。
 程よく寂れた田舎の街に作られた海岸沿いの公園で、大仏やタワーや有名な崖の類も神社も何もない。
 観光名所になるような目立つ物が無い代わりに海から吹き付けてくる潮風が心地よく、夜は今も現役で動いている堤防の灯と星明りだけが照らす静かな夜景が広がる。
 最近は街灯を幾つか立てられたがそれでも「昔ながらの静かな夜景」を守って欲しいという地元からの声もあり、公園の広さからすれば信じられないほど少ない本数しか建てられていない。
 公園の内側は雑草を刈っただけの広い草地が広がり、野放しな木々や草花が広がっている。
 ピクニックや野鳥観察にデッサンやキャンピングなど用途は様々。
 中でも海岸沿いに伸びるレンガ道は人気で、冬でも散歩する人がいる。
「ねーねー。今日は何をして遊ぶ〜?」
「あそばねぇよ」
「えー、それってちょっとつまんないな〜」
「文句を言うな」
 浜夏公園の近くには釣りに適した埠頭がある。
 その埠頭で釣りをする人たちを眺めながら彼と彼女はソフトクリームを食べていた。
「こんな季節でもアイスは売ってるんだな」
「アイスじゃないよ。ソフトクリームだよ」
「大してかわんねぇよ」

 気温は太陽の昇る昼でも10度に届かない真冬の時期にひやりと柔らかいソフトクリームを食べる。
 一見すれば時期外れの間食を楽しむカップルだが、少しだけ普通と違う。
 ふわふわの髪をした女性の下半身は魚の形をしている。
 もう少しわかりすい言い方をするなら、彼女はまるで人魚のような姿をしている。
「いいじゃない。冬に食べるアイスって新鮮でしょ」
「メロウってのは寒さに強いのか?」
「魔物だからねー。体は丈夫なんだよ」
「アザラシみたいに脂肪が多いからじゃないのか」
「ひどいなー。そんなに太ってないよ」
 細いウェストを撫でながらぷぅと頬を膨らませる彼女は別に人魚の仮装をしているわけではない。
 彼女はメロウと呼ばれる人魚で、魚の下半身も生え揃っている赤褐色の鱗も薄桃色の尾びれも全て本物で自前のものなのだ。
 またメロウは他の人魚に比べて色恋沙汰を好む傾向があり、彼女も未来の旦那様を探しながら他人の恋話をかき集めているので色々な話を知っている。
 この日も水面から顔を出すなり、
「ねーねー聞いてよ、この間シースライムの子に会ったんだけどね、その子ったら最近」
 とクラゲに似た魔物の初恋話を始めたのだ。
 お陰で彼はメロウと出会ってからは様々な魔物たちの恋愛事情に詳しくなってしまった。
 ハーピーなど鳥の魔物の話やマーメイドの様に海の魔物たちと仲がいいらしいこともわかったが、その大半は恋話で、そして赤裸々な甘い話だった。

「人間の作るお菓子って、ほんとにおいしいね〜」
「海の中にはないのか?」
「あるわけないでしょー。下の方にもぐっても暗いばっかりだし、あまーいお菓子なんてないしー。あーあ、私もハーピーみたいにあちこちの甘い果物とか食べてみたいよー」
「そうか」
「たーべーたーいーよー」
「我慢しろ。お前は海の生き物なんだ」
「あーもー。買って来てったらー」
 不満を口にしながらメロウが魚身をばたつかせる。
 尾びれで叩かれて海面から水飛沫が盛大に上がる。
「うわ、冷たいだろ!」
「買って、買って、買ってったら買ってー」
「駄々っ子かお前は! 第一おまえ、人の姿になれるだろ! 自分で買いに行けよ!」
 メロウの動きがぴたりと止まる。
「最初に会った時は人の姿だっただろ。それなら自分で歩いて自分で買えよ」
「えー、君ったらわかってないなー」
 チチチと人差し指を振るメロウと胡散臭そうに目を細める青年。
「人魚は波止場でデート。これ、最近の流行りだよ」
「どこの流行りだよ」
「漫画。読んでないの?」
「読んでない。つーかマンガ買う金あるならアイスくらい買えよ」
「コンビニの立ち読みだもん」
「がぁああああああああああ! なんで、そういう所だけ妙に人間っぽい行動を取るんだ!」
「そんなに悩むと剥げちゃうよ」
「誰のせいでこうなってると思ってるんだ!」
「漫画だね」
「違うだろ!」


 彼が大声を出しメロウが合いの手を入れる。
 そんなやり取りがひと段落して、青年がぼやく。
「結局いつものパターンか」
「いいじゃない。王道ってやつだよ。人魚姫だって、悲しいけどよくあるお話でしょ」
 青年の肩に寄りかかるメロウ。
 遠く水平線にある何かを見るように目を細めて微笑んでいる。
 青年は邪険に振り払う事も出来ずじっとしているしかないこの状況が少し苦手で、仏頂面をしたまま同じ様にただ海を眺めている。
 騒いでいる間のメロウは持ち出す話題が
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