お揚げをくださいな!

 さくさくと雪を踏みしめる。
 分厚い草鞋を履いていなければ冷たくて仕方がなかったに違いない。
 今も足の指先が冷たくて痛いのだから、草履草鞋の類では足が凍り付いてしまいそうだ。
 冷たい風が一つ吹けば体を縮め込んでしまう。
 降る雪は編み笠と蓑に積もっていく。
 はぁと息を吐くと白い息がふわぁと目の前に広がる。
 冬の山はとても寒くて、ずっと暖かい火鉢の傍でじっとしていたいくらい寒い。
 肌はチリチリと痛い。
 吸う空気は氷みたいで喉が痛くなる。
 母様は冬は世界が澄んでいて好きだと仰るけれど、とても私にはわからない。
 冬は熊を眠らせ、木々を眠らせるとても寂しくて辛い季節なのだと思う。

「うぅ、寒いよぉ」
 手に息を吹きかける。
 母様に比べると紅葉の様に小さな私の手は、白い息で温められる。
 何度か息を吹きかけるとじんわりと手が温まっていく。
 空を見上げる。
 日差しは分厚い雲に遮られていて、朝なのに暗い。
 そして灰色の空からは真っ白な雪がちらちらと降ってくる。
 雪は美味しいのかな?と思って、空を見上げたまま口を開けっ放しにする。
 ちらちらと降る雪が下の上に乗る。
 ほんの少しだけ冷たい雪は余韻だけ残して溶けた。
 あまり美味しくない。
「……。こんなことしてる場合じゃない。早くお使いを済ませて家に帰ろう」
 少しだけ自分の行いを振り返って恥ずかしくなったので、早足に雪で埋もれた山道を進んでいくことにした。


「はい、鮎の干物だよ」
「ありがとうございます」
「帰り道は気をつけるんだよ。今日も雪は止みそうにないからね」
「はい」
 おじさんから干物を受け取ると腰を折ってお辞儀をする。
 くん、と鼻を鳴らす。
 とてもいい匂いの干物の匂いが私の鼻を引くつかせる。
 いい匂いの干物の匂いだけでその味が私の口の中に広がる。
 何度も何度も噛み締めて口いっぱいに広がる、あの干物のふかいふかい味わいを思い起こす。
「はふぅ〜」
 とても幸せな気持ちになった。
 想像の中で何度も何度も干物を噛んで噛んでかみしめて、ごくんと空想の魚を飲み込む。
「はふぅ〜」
「ありゃりゃ、鈴様ったら」
 お魚、お魚〜。
 釣りたても美味しいし、干物にしても美味しいし、煮ても焼いても美味しい〜。
「おや、五十鈴様じゃあないか」
「母さん。起きてて大丈夫なのかい?」
「はへ?」
 ふと自分の名前が耳に入り、慌てて我を取り戻す。
 おじさんの隣には、いつの間にか優しそうに目を細めているおばあさんが立っていた。

 おじさんの名前は与作。
 おばあさんの名前はきよ。
 二人ともお魚売りを仕事にしている人たちで、いつもお世話になっている。
 私はお魚が大好きだけど、お魚を釣ることが出来ない。
 だからお魚を釣ってくれる与作おじさんは大好き。
 いつも砂糖菓子や煎餅をくれるきよも好きだけど、ちょっと大げさに構ってくれるので戸惑ってしまう。
 私はまだ母様みたいにりっぱじゃないから、ちょっとだけ困ってしまう。
「こんな雪の中お越しになって、さぞ寒かったでしょう。ささ、囲炉裏で暖まっていってください」
「いえ。母様が待っていますので、今日はこのまま帰ります」
 だからきよの誘いを丁重に断って、ばいばいと手を振って。
 最後にもう一度だけお辞儀をした。


 小雲村。
 冬の雪にすっぽり埋まってしまうこの小さな村は近くの村に比べて家の数が少ないけど、住んでいる人はもっと少ない。
 全員集めても30にも足りない。
 10年位前まではもっと沢山居たのだけど、若い人たちが戦や出稼ぎでいなくなってしまった。
 今この村に残っているのは、戦いが嫌いなおじさんたちと、出稼ぎに出る体力のない子供たちだけ。
 村の隣には小さな山があって、その山にはやっぱり小さな社がぽつんと建っている。
 私と母様はその社に住んでいて、時々村に降りてきてお話をしたりお祭りをしたりする。
 母様の名前は鈴音。
 私の名前は五十鈴。
 私たちは昔々から社の主として、山の守護者として村を守ってきた。
 ……私はまだ生まれたばかりだから、守護者見習いだけど。
「でもがんばるんだから」
 早く一人前になって母様の代わりが出来るくらいなるんだ。
 山のふもと、社へ案内する立て札のある坂道から村を振り返る。

 雪で白く染まった家々の屋根がぽつんぽつんと雪に浮かんで見える。
 どの家も、干した萱を数百本単位で束ねた物を幾つも並べて作り上げられた分厚い雪山の屋根。
 雪の重みで自然と雪が地面へと落ちるように急な角度で組み上げられている。
 厚い雪を踏んだような音がして視線を向けると、ちょうど重くなった雪が屋根から落ちていた。
 人が考えた知恵はすごい。
 雪かきをしなくてもいいように、雪で家が潰されないよ
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