甘いか辛いかしょっぱいか

「今日もちょっくら行って来る」
「あいよ」
 居候の小娘に手を振っていつもの様にハンマーを肩に担ぐ。
 肩にかかる鉄製のハンマーの重みは何時も通り。
「さぁて。今日もいっちょ、叩いて叩いて叩きまくってやろうじゃないか」

 ストンクレイ工房。
 ここがあたしの仕事場だ。
 古き良き洞窟の中に作られた通路を歩いた先では、朝も早くから見知った仲間が鉄を叩いていた。
「いよぉ」
「いよー」
 工房にいるのはどいつもこいつも鉄弄りの好きな魔物ばかりだ。
 小鬼に一つ目にネズミっ子。
 どいつもこいつも金槌片手に鉄の塊を叩いている。
 他にはトカゲっ子が路銀稼ぎに鉱石運びを手伝っていたり、工房を広げる為にやってきたアリん子が工房長のドワーフとなにやら小難しい話をしている。
「また工房を広げるつもりかい?」
 気になったんで話に加わってみる。
「あんた、また寝坊したのかい」
「どうしてそうなるわけだ」
「寝癖ついたまんまだよ。まったく、華の乙女も台無しだ」
「ははっ、あたしらに愛らしさを求めるってのが間違いだよ」
 自慢のハンマーを一振りしてみせる。
 あたしは確かに男も悪かない、むしろ大好きだ。
「けどねぇ、わかるだろ? 男は抱くもんだ。抱かれるもんじゃねえ。だったら愛らしさなんていらないだろ」
「違いないねぇ」
 あたしら二人は揃って笑う。
「ホント、ドワーフって見た目と裏腹に姉御肌の人が多いですねぇ」
「は、魔王の代替わりの影響で何で性格まで変えなきゃいけないんだ」
 それもそうですねぇ、と納得したアリん子。
 ドワーフは元々こういう性格なんだ。
 死んでも直りゃしないってエルフのお墨付きを貰うぐらいだ、ちょっと見た目が可愛らしくなった位じゃ変わりはしないさ。
「それよか、工房をどうする気なんだ?」
「でかくするんだよ。ここも随分と人が増えたんでさ」
「増えた所でたまたまやってきた男とくっついて人が減るんだろ」
「あたしもそう思って放って置いていたんだけどねぇ。ここには心底鉄弄りが好きな奴が集まっているみたいだ」
「男のアレを弄るより鉄弄りの方が好きだってのかい?」
「こら、口が悪いよ」
「別にあたしだって悪口で言っているわけじゃあないさ。むしろ嬉しい位だよ。今日日、どいつもこいつも色恋に浮かれて見てらんない」
「いいじゃないか。あんただって恋くらいしたいだろう?」
 恋、そう言われて即答できなかった。
 見透かしたように笑う悪友から視線を外す。
「アンタも旦那と一緒にここに来ればいい」
「は、それこそありえない。今の世の中、人間はどいつもこいつも魔物狩りばかりだろう。鉄弄りしようなんて奇特な馬鹿はいないよ」
「なら探せばいいさ」
「なんだい。あたしが邪魔ならそういえばいいだろう」
「あっはっは。違う違う。あんただって恋の一つや二つ追ったっていいんだよ。みんな、それが気になって仕方がないのさ」
「はぁあ?」
 周りを見渡すと、視線を反らす馬鹿もいれば応援するようにハンマーを持ち上げる馬鹿もいる。
「だったらアンタが先に見つければ」
 と言ってから気づいた。
 まさか、と小さく呟くと悪友が照れ臭そうに笑った。
「恋ってのはいいもんさ。鉄弄りを止めろだなんていいはしないよ。あたしだって絶対にやめないしね。だけどね、折角女に生まれたんだ。恋くらいしたいだろう」
「馬鹿。あたしらは前魔王の代に生まれただろうが」


「おい、居候」
「なんだよ」
「ちょいと長旅に出てくるから、留守は頼んだぞ」
「へ? ちょ、ちょっと、姉御ぉ!?」
 いつもみたく見送るかと思ったら、いきなり止められた。
 小娘はあたしより随分と若いがあたしより背が高い。
 抱きかかえられたあたしはさしずめ大きなぬいぐるみの様なもんだ。
「姉御に出て行かれたら、あたしは食べるものがないじゃないですかぁ!」
「生きろ」
「無理です!」
「はぁ。あんたにゃしょぼいながらもスリの腕があるだろう。それで生きな」
「やです! あたしは姉御について行きますから! 絶対ついて行きますから!」
 家は空けておくとすぐ駄目になるから残っていて欲しかったんだけど、こりゃ無理そうだ。
「仕方ない。出かける用意をしてきな」
「姉御ぉ!」
「ほら、さっさとしな」
「はい!」


「そこのアンタ。ちょっとお茶しないか?」
「き、きみ! そんな露出の多い服装していちゃだめじゃないか!」
「てめぇ、あたしらの服にけちつけんな!」
「ぐはぁ!」

「お嬢ちゃん〜、おじさんといっしょにぐはぁ!」

「ささ、こっちへ行きましょうか」
「あ、うん」
「ほらこの花なんか君ににあぐはぁ!」
「ちょ、姉御!?」
「こいつはネムリ草じゃないか。こんなしょぼい手に引っかかるんじゃないよ、ん?」
「すー、すー」
「やれやれ」


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