彼女は、僕のメイドだ。
小さなころから僕の傍に居た。
蹄の様な靴を常に履き、長い羽のカフスを身に着け、エプロンドレスを腰の後ろで結ぶ紐は長くつながる羽毛のように見える。
「お早うございます、坊ちゃま」
彼女はとても優しい。
怒った所なんて一度も見たことがない。
彼女はとても有能だ。
一人でこの大きな屋敷の管理をこなしている。
彼女はとても綺麗だ。
おしとやかでいつも微笑んでいて、艶やかな肌と柔らかな髪、そして禁欲的なメイド服を内側から押し上げる肉感的な肢体。
メイドにはもったいないようでいてメイドだからこそのバランスなのかもしれない。
けれど。
「うん。おはよう。いつも変わりないね」
「ええ。いつも通りです」
彼女はとても優しい。
普通の人ならこんな落ちぶれた貴族の一人息子に、無償で世話なんてしない。
それなのに、彼女はずっと僕のすべてを世話してくれていた。
彼女はとても有能だ。
いつのまにか、落ちぶれ貴族の経営を立て直していた。
僕がすべての決定を行ったけど、その過程は彼女が居なければ埋まらなかった。
彼女はとても綺麗だ。
小さなころからずっと見ていた優しい笑顔。
大人になっても、変わらず、綺麗なままだ。
「君は、僕に黙っていることはないかい?」
「いいえ、ございませんわ」
「本当に?」
「ええ、決してありませんわ」
僕の家は、代々魔物を狩り続けてきた家柄だった。
小さな村をいくつか纏めている地方の領主。
貴族と言った所で、田舎の男爵でしかない。
魔物を迫害することと村人から税を巻き上げることだけが仕事の、ありふれた地方領主だった。
僕はその家の長男として生まれ、両親や親戚の武勲を見続けていた。
大きな遠征があった。
両親も親戚も強い貴族の命令で随伴して、二度と帰ってこなかった。
使用人も全ていなくなり、村人たちも寄り付かなくなった屋敷で、僕は一人部屋で閉じこもっていた。
彼女は、そんな僕の下へやって来た。
彼女の仕事ぶりは、今までの人生を変えるものだった。
勉学を教えれば少ない給料で雇っていた家庭教師よりも上手に教えてくれた。
外に出れば野草や食べられる茸の見分け方などを教えてくれたし、草花で遊ぶことも教えてくれた。
畑に出ては作物の出来不出来を左右する肥料の知識を教えてくれたし、そうかと思えばどろ遊びの楽しさも教えてくれた。
不思議な人だった。
教師の様に教えるときは背筋がまっすぐ伸びていて隙が無いのに、時々子供みたいに僕と一緒になって笑っていたりする。
料理も上手だし、両親のことを思い出して泣いていた時は抱きしめてくれた。
怖い夜は一緒に寝てくれた。
……えっちなことについても、懇切丁寧に教えてくれた。
それは、大人になっても続いた。
長く生きて様々な知識を身につければ、疑問も出てくる。
なぜ、彼女は僕のところに来たのか。
なぜ、彼女はこうも僕に良くしてくれるのか。
なぜ、彼女は。
なぜ。
何年経っても変わらないままなのだろうか。
「僕の家がどういう家か、知っているよね?」
「はい、よく存じております」
「僕の両親も親戚も、みんな魔物を殺してきた。それが仕事だ」
「はい。皆さま、とても勇猛な方々であったとお聞きしています」
「だから僕も魔物を殺すし、魔物を迫害する」
「貴方がこの家をお継ぎになるのであれば、それもよろしいかと」
彼女は、僕の言葉を否定しない。
彼女は、僕を否定しない。
「君は、嘘つきだね」
魔物である彼女は、魔物殺しを認めるはずがない。
僕は言外にそう伝えた。
彼女にはそれだけで伝わるから。
彼女は、笑っていた。
いつもと同じ笑顔で。
「嘘つき、ですか?」
「そうだよ。君は、嘘をついている」
「あら。私が何の嘘をついているのでしょうか」
「とぼけてもいいけど。君は僕にうそをついたことがないはずだよ」
「私は一度も、坊ちゃまに嘘を申したことはございませんよ」
「……好きでもない相手に、身を許したことも?」
「メイドの務めです」
いらいらする。
彼女は、うそをついている。
なのにうそをついていないという。
僕は彼女を力任せにベッドの上に押し倒す。
抵抗なく、彼女はベッドに仰向えに倒れる。
「うそを、つくな!」
「うそなどついておりません」
「ならば、なぜ!」
なぜ。
僕に正体を明かさないのか。
決定的な追求の言葉は、しかし僕の口から出てこない。
彼女は、やはり笑っている。
いつもと同じ笑顔で。
そして、僕の顔を自身の胸に抱き寄せた。
柔らかな胸の弾力と、甘い彼女の匂い。
彼女の抱擁は今も昔も変わらず、僕を甘い夢心地に落としていく。
「今日はお眠りください。きっとお疲れなのですよ」
「なぜ、きみは、うそを」
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坊ちゃまが眠りに落ちていく。
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