最小最高の愛の巣

1年前のあの日。
幼馴染の女の子が死んだ。

死因は病らしい。
早くに両親を亡くし、一人で過ごしてきた彼女は、死ぬまでの長い時間を一人で過ごしていたらしい。
村を離れて働いていた俺は、彼女の訃報を聞いた後で村に帰り、その時初めて細かな事情を知った。
もう二度と、あの明るい笑顔を見ることが出来ないのだと知った時、俺は無力感にさいなまれた。
兵士の仕事をやめて村に戻ってきたのは、深い理由があってのことじゃない。
単に彼女が住んでいた家を廃屋にするのはもったいないという理由で、村に戻ってきた。
後悔はあったのかもしれない。
ただ、何も考えられなかった。

彼女は一人だった。
そして、俺は一人になった。




1年間。
森に行って薪を割り、柴を束ねる。
弓を手にして森の草食動物を狩る。
ごく簡単な仕事の見返りとして、村の人たちから食料や生活雑貨を受け取る。
何一つ変わらない日々を1年間過ごしてきた。
村の人たちは俺に色々と気を遣ってくれていた。
ありがたいと思う。

逆に言えば、それだけ。
俺は1年前のあの時からずっと、心が固まったままだ。
俺は家の外に出て働く。
能動的なものではない。
風に吹かれた風車が回る様に、時間が経過するから惰性で働いている。
兵士として働いていた時は、空いた時間に森へ出かけて生活の糧を得ていた。
だから、空いた時間に森に出かけている。

俺の日々は、惰性で動いてる。
なぜなら。
俺の胸の奥に空いた穴は塞がらず、感情はその穴から全て出ていってしまったようで。
日々過ごしていても何も感じない。
きっと、これからもそうなのだろうと漠然に思っていた。

1年が経過した。
俺は、日々の中で一つだけ変化が起きることを知っていた。
彼女の墓参り。
きっと、空虚なりにも変化があるのだろう。
そう思い、仕事を終えた後に彼女の墓に訪れた。


日は既に落ちていた。
夕闇が黒く染まり始めている。
墓地は村の外れにあり、寂寥感を漂わせている。
俺は彼女の墓前に甘い焼き菓子を供え、目を閉じた。
彼女が笑いながら菓子を食べている光景を思い浮かべた。
しかし、彼女の顔が思い出せない。
どんな顔だっただろう。
思い出せず、小さなため息とともに諦めて目を開ける。

「あは♪」

彼女と、目が合った。

「久しぶりだね♪」

青白い肌、白い髪の彼女は、以前とはやや異なった笑顔を浮かべ。
冷たい手で俺の手を引き、黒色の檻の中へと俺を誘いこんだ。
牢獄の錠が落ちる音が聞こえた時、俺の意識も落ちていった。




眼を開けると、彼女が目の前にいた。
白くやわらかな三つ編み。
飾り気のない黒一色の服と、布の抵抗を嘲笑うようにその存在を強く主張する豊満な胸。
海の青とも空の青とも異なる、冷ややかで艶やかな肌。
色こそ違えど、俺の記憶にある幼馴染の女の子が俺の目の前にいた。
正確には、息がかかるほどの至近距離に彼女はいた。

「おはよ♪ いきなり寝ちゃうから、寂しかったよ?」

俺の頬を撫でて彼女は笑う。
俺の持つどの記憶とも異なる、強く冷たい熱情を感じさせる笑みだ。
背筋に冷たい何かを感じた。

「やっと。やっと会えたね♪」

「そう、だな」

俺の返事が気に入ったのか、あるいは単に待ちきれなかっただけか。
彼女は俺の首に腕を回して抱きついて来た。
熱烈な抱擁はきつく、二度と離すまいとする意思を感じた。
いや、きついのは豊満すぎる彼女の胸があるからかもしれない。
視界を埋め尽くす青を背景に、彼女は抱き着いたまま頬ずりをしてくる。

久方ぶりの彼女を確かめるように彼女の頭を撫でながら、少しずつ状況を確認していく。
俺は檻の中にいた。
花壇に植えられた草花を金属でもしたような、黒い鉄の檻。
その檻の中を、彼女の肌と同色の炎が燃え盛っている。
炎、と表現したが、この青い焔は熱さを感じない。
もしこれが本物の炎であれば、俺は当の昔に炭クズになり果てていただろう。
それほど激しく、この青い焔は燃え盛っていた。

檻の外は、墓地だった。
ただし彼女の墓からは離れた、墓地の端だ。
今現在、この檻は動いているらしい。
注意深く観察すると、墓地から離れるように僅かばかり浮かび飛んでいる。

「あは♪ 気になる? いま、何をしてるか」

彼女は頬ずりをやめ、俺と鼻先をこすり合わせるようにして目を合わせた。

「二人だけで、ずっと暮らすの。これから、ずっと♪」

彼女の言葉に合わせて、青い焔が揺れ踊る。

「この青い焔は何だ?」

「さぁ? わからないけど、危ないものじゃないよ♪」

熱さを感じない炎。
不可思議なそれの出所を探すと、彼女の体から出ていることがすぐに分かった。
顔を除いた体の輪郭がぼやけて炎になっていた。
彼女は既に人ではないのだろう。
既に死人なのだから
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