蟹と青年のアルバム

思い出は色あせてしまう。
数多くの経験は、その後に降り注ぐ思い出に埋もれてしまう。
これからきっと僕たちは長生きをするだろう。
その長い人生の中で思い出を大切に残したい。
僕はそう思った。

一つ一つは些細でも。
きっと、何十年か後には宝石よりも大切なものになるだろう。


これは、僕と一人のキャンサーとのアルバムだ。




○海の中からコンニチハ

いつも僕は写真を撮っていた。
一人の時間を持て余していた。
だから、その日は海を見に行った。
近くにある海だけど、子供のころから遊び飽きた場所だったので足を運ばなくなっていた。

違和感を感じてシャッターを切った。
その後?
驚いてカメラどころじゃなかったよ。
カニって横歩きするもんだと思ったのに、まっすぐ走ってきたんだもん。

僕の目の前で力尽きちゃったけどね。
お腹、空いてたんだよね、あの時って。
僕は大きな赤カニと、甲羅の上に上半身をぐったり横たわらせた小さな君の姿を見て混乱してたよ。
本当に混乱していたんだよ?


○青のりがすごい

海の家がやっていたから、焼きそばをごちそうしたんだったっけ。
焼きそばを食べたことがなかったみたいで、ものすごい勢いで食べ始めちゃって。
可愛らしい顔をしてるけど必死さが溢れてて、僕はちょっと引き気味だったんだよね。

でも、気づいた時にはシャッターを切っていたんだ。
笑顔の君が可愛かったのかもしれないし、初めて見る『魔物』を記録に残したかったのかもしれない。
単純に、興味を持っただけだったのかもしれない。

ただ、僕は写真を撮ったことを、家に帰るまで気づいてなかったんだ。
今になって思えば、僕はこの瞬間に、もう恋に落ちていたのかもしれない。


○カニ、襲来

これは翌日の写真だ。
もしかしたら再会出来るかもってことで、また海に行ったんだったよね。
君も待っていたのかな。
僕がシャッターを切ると同時に走ってきたんだもんね。

あの時は本当にびっくりしたよ。
最初に出会った時より驚いたくらいだよ。
だって、最初の出会いはあまりに衝撃が強すぎて、夢か現実かもあやふやだったからね。

あ、そうそう。
最初に君に押し倒されたのは、この時だったっけ。


○改めて、はいチーズ

君がカメラに興味を持った時の写真だね。
僕が真正面から君を見た時でもあるよ。
このとき思ったことは、そうだね。
やっぱり君はカニなんだなぁってぐらいかな。

君の髪は全体を通して、『カニ』だった。
左右に跳ねた2本1対の髪はハサミみたいで赤い色をしていたし、それ以外の髪は甲羅の腹部分に似た色をしていた。
髪が長かったら別の印象だったのかもしれないけどね。
頭のてっぺんにある青水晶の髪留めが下半身カニとお揃いの色だったから。
親カニと子カニだなーって思ったよ。


○やっぱりちょっと狭いかな

あー、これは。
最初に僕の部屋に招待した時の写真だ。
いやまぁ、中学生くらいの子を部屋に入れるのは犯罪臭があるけど。
招待した理由は、確か。
ああ、そうだ。
君がお礼をしたいって言ってたからだっけ。

僕は気にしないって言ったんだけど、君って口数少ないのにすごく押しが強かったから。
あ、押しが強いのは今も変わらないか。
もの珍しそうに部屋を見回す君が何だかおかしくって、シャッターを切ったんだっけ。
僕が笑って、君は不思議そうな顔をしてた。

君は知らない場所に来て落ち着かなかったんだったかな。
ハサミをずっと鳴らしてた。
この頃はまだキャンサーって種族のことをよく知らなかったから、何でハサミを動かしているのかなって思ってた。


○子供に大人気! オムライス

僕がオムライスを作った時の写真だ。
写真の隅に置いてある電灯は、ちょっとした事件の名残だね。
オムライスを食べて喜んだ君がハサミを振り上げて、蛍光灯が大惨事に。
オムライスに破片が飛び散ったのを見た後の君はすごく悲しそうにハサミを下ろしてたっけ。

駄目になったオムライスと電灯を片付けた後で、もう一つオムライスを作ったんだよね。
この写真のオムライスは電灯が床に置いてあるから二つ目ってことになる。
落ち込んだ君を元気づけたくて、ケチャップで絵を描いたんだ。
一度もやったことがなかったからちょっと形が変だけどね。
君はハサミを上げて喜んでいたよね。
この時、僕は君の気持ちを知る手がかりがハサミにあるんだって気づいたんだ。


○最初のデートは、海岸で

まだ、恋をしているって自覚はなかったけど。
このとき二人で海岸を歩いて、いろんな話をしたよね。
僕が大学を中退したことも。
君が一人で海岸にいたことも。

僕たちが似た者同士だってことは、なんとなくわかってたんだけど。
お互いのことを話して。
一緒に歩いて。

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