サーチ、アンド、ゲイズ

暗い暗い夜道に気をつけろ。
暗い暗い洞窟の中に気をつけろ。
暗がりを見る時、その暗がりから見つめ返す存在がいる。


「きしし。だーれだ」
洞窟に入り込んだ冒険者の青年は、慌てて後ろを振り向いた。
黒髪の少女が自分を見つめて笑っている。
「ああ、なんだ。サーチアか」
青年は安堵に胸を撫で下ろす。
「驚かせるなよ。びっくりしただろう」
「はいはい。アンタが何時まで経っても、おっかなびっくり洞窟を歩くもんでね」

歯を見せるように笑う少女。
姿格好は丈夫な生地の服を着た村娘だが、実際は違う。
なぜなら、この洞窟は暗いからだ。
暗闇の洞窟と呼ばれるほど内部は暗く、ヒカリゴケの類は一切無い。
洞窟は深く長く迷路の様に入り組んでいて、明かりも無しに入り込めば必ず迷う。
明かりと先駆者が作成した地図を元に歩いても迷う事がある。
だが、彼女は明かり一つ持たず、この洞窟を歩いてみせる。
彼女のことを魔物だと言う人はいるが、今の所、教会が彼女を探したという話を聞かない。
故に彼女は妖精なのではないかと言う声も聞こえる。
真意の程は定かではないが、このランタンの明かりさえ心細い洞窟の中、興味本位で声をかける少女がいることに違いは無い。
「で、さ。今日は何を捜しに来たの?」
好奇心旺盛さと悪戯っ子さを混ぜたような笑顔で、少女が青年の前を歩く。
青年はいつもの様に、今日の洞窟探索の話を始めた。


誰も来ない洞窟の奥。
その奥に何があるのかは誰も知らない。
広く暗く入り組んだ洞窟には様々なキノコや植物が生えている。
最深部は魔王の影響を受けていない植物があるとさえ言われているが、確認できた人間はいない。
「まーた、暗いのが暗い場所で暗い研究をしているって事ねー」
「別にいいだろう。性格は暗くないから」
「暗い、暗いよ絶対」
「そんなことはないだろう」
青年は植物学者として、洞窟内の様々な植物を調査している。
この洞窟には不思議な事に、ジャイアントアントが作った様な痕があるというのに、魔物の姿が無いのだ。
腕に覚えの無い青年が一人で洞窟に入れるのも、そのためだ。
「ほらほら。あれ見てごらん。小さい花だよー」
「おぉ。よくこんな小さな花を見つけられるもんだ」
「きしし。アタシは目がいいのが取り柄だからねぇ」
少女が自分の目を指差してみせる。
「本当に、凄いな」
青年が少女を褒める。
「やはり、目が大きいだけはある。それだけ大きければどんな変化も見逃さないのだろうな」

少女の目は大きかった。
少女の顔にある目は大きく、瞳は火の様に赤い。
少女の髪に生える目はぎょろりと動き、蛇の様に動いて小さな花を覗き込む。
「きしし。ありがとねー」
少女は鋸の様に尖った歯を見せて笑う。
人ならざる身でありながら、誰にも『魔物』だと認識されない少女。
名はサーチア。
種族はゲイザー。
暗がりから人を覗き、人の心の間隙を盗み見、その巨大な目で人を惑わす魔物。
今はこの暗く深い洞窟の主として、訪れる人間を嘲笑っていた。


「この赤い花はなにかなー」
「これは毒草の一種だね。食べると危ないが、煎じて少量飲めば冷えた体を瞬時に温める。氷雪地帯では重宝しているそうだ」
「じゃあこの青い花はー?」
「これはハーブの一種だ。鎮静作用があり、お茶に入れると心が落ち着くそうだ」
サーチアは数多くの迷い人たちに声をかけ、より一層迷わせる事を生きがいとしていた。
自分の姿を見た人間に『自分は普通の人間』だと錯覚させ、堂々と魔物の姿を晒しながら人を化かしていた。
しかし、この青年に関しては迷わせた事が無い。
なぜならば、この青年は放っといても迷ってしまうのだ。
既に迷っている人間をさらに迷わせた所で面白くない。
何度かやってみたが、直ぐに飽きた。
そこで、別のからかい方を思いついたのだ。
「じゃ、これは?」
「この花は……む、何だこれは」
「どーゆー花なの?」
「この堅さ、まるで殻の様だ。葉は生えていないのか。ふむ、難しい」
少女は青年が『地面に落ちている石によく似た花』を観察している様を見て、きししと笑う。
彼女に掛かれば、ただの石ころを花と錯覚させる事は容易い。
「持って帰ろう。……む、抜けないぞ。困ったな」
抓めば拾える石を鉄よりも重く『錯覚』させることも容易い。
彼女はまた、鋸のような歯を見せるように笑った。

「ここは入り口か?」
「そんな訳ないでしょー。ほら、よーく見てごらん。アレは木じゃなくて、背の高い草でしょ」
「ああ、そうだな。確かにそうだ」
わざと入り口まで案内してから、『まだ洞窟の中』だと錯覚させて、元来た道を逆戻りさせる事も容易い。
人間の鈍感さと自身の能力の素晴らしさを満喫しながら、彼女は青年の前を歩いていく。

「うわぁあああ! お、おおきい! なんて大きいキノコな
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