002.修行の道は険しい

緩やかな曲線に手を添える。
質感は柔らかくて、力を込めれば指がめり込みそう。
細いラインに指を滑らせる。
指で弾くと、甲高い音が響く。

視線の先にいるのは弓先生のエルフ。
口を堅く閉じて、私の動きをじっと見ている。
「では、ご存分に」
私は頷く。

指を穴の中に入れて、軽く摘み上げて。
キリキリと引っ張る。
弓先生は私をじっと見るだけ。
口を閉じたまま。
そして私は、指を離す。


射放った矢は、的に当たらなかった。


「当たりませんでしたね」
弓先生がほっぺたをひくひく動かしている。
弓はとても難しい。
遠くの的に中々当たらない。

今は弓の勉強中。
巣の外にある訓練場で、遠く離れた位置にある的を射抜く練習。
でも中々当たらない。
困った。

「弓には三読が必要といわれています。【風を読む】【相手の動きを読む】、そして【自身を読む】です」
首をかしげる。
本を読むの?
「いえ。読みません」
そうなんだ。

相手の動きを読むのは何となく分かる。
そんな気がする。
相手が動いてから反応しているから分からないけど、相手が何をするのか当てること、かな。
「その通りです。また、風も気まぐれに吹くように見えますが、熟練者であれば10秒後の風の動きを言い当てる事が出来ます」

色々と教えてくれたけど、よくわからない。
特に【じしんを読む】はぜんぜんわからない。
「弓は威力などより、先読みと命中精度が求められますから」
弓先生が少し困ったみたいに笑う。

弓も強い威力を出せたらいいのに。
弦を引いた分だけしか飛ばないから全然飛ばない。
「私の村では最も強い弓なのですけれど。これ以上となりますと」
弓先生が言いよどんだ。

案内された先には、大きな弓があった。
弓というかボウガン。
10人掛けの机みたいに大きなボウガンが置いてある。
「バリスタ、と呼ぶそうです。槍の様に巨大な矢を放ちます。城攻めの際に使用されるそうです」

バリスタは大きい。
持ち上げる事は出来るけど、弦が引けない。
元々横向けに置いて使うみたいだけど、置いたら弦が引けない。
槍だけなら使えるけど。

「どうやってですか?」
説明するために、手槍の様に大きな『矢』を持って、投げる。
遠くに離れた的に『矢』が当たった。
木製の的はバラバラになった。

「見事。投げれば、中心に当たるのですね」
弓先生が地面に膝を付いてる。
何だか悲しそう。
よくわからないので、弓先生の頭を撫でた。


格闘の先生が来た。
今日はワーウルフの狼先生。
「今日もやるぞー!」
おー。

狼先生の動きは速い。
手で殴ってきたり、爪で引っかいたり。
地面すれすれに屈んで足を狙ったり、顎を蹴り上げてきたり。
どんな体勢からでも攻撃をしてくる。

正面かと思ったら後ろに回り込んだり。
下かと思ったら飛び跳ねて頭を狙ってきたり。
手だったり足だったり。
色々と忙しい。

一番困るのは攻撃の軌道が変わること。
避けたと思ったら直角に曲げたり。
曲線に曲ってきたり。
目で見ていたら追いつけない。

だから音を聞く。
腕や脚以外の動きを見る。
「そこ!」
でも、避けきれない。

「いやー、随分と動きが良くなっているよ」
でも避けれない。
「いやいや。スピードが信条なのよ? うちらってさ」
そうなんだ。

「このままじゃ尻尾も使わなきゃ駄目かもねー」
狼先生が尻尾を動かす。
何だか、えっと、ギル何とかみたい。
「あははっ。私が尻尾と羽まで使うようになったら、免許皆伝だね」

試しに私も翼と尻尾を出してみた。
結果はやっぱり私の負け。
やっぱり難しい。
「避けれないからって〜、掴んで投げるのは禁止〜、がくっ」


他にも剣や槍の勉強もした。
最後にはどの先生も、がっくりとしてた。
やっぱり武器を使ったり技を使う才能が無いのかな。
困った困った。

「一つ、お聞きしてよろしいですか?」
私と何時も一緒にいるデュラハンの隊長さん。
大人だけど他の人よりずっと背が低い。
「背の事はこの際どうでもよいことです」

「何故強さを求めるのですか?」
首をかしげる。
「貴方は既に魔物として最高クラスの力を持っています。なぜ今よりも強くなろうとするのですか?」
首をかしげる。

もっと強くなりたいから、強くなろうとしてる。
「まだ、足りないのですか。なぜですか?」
それは。
「それは?」

秘密。
そう言うと、隊長さんがうな垂れた。
「わかりました。しかし、理由なき強さに意味はありませんよ」
理由ならある。

「……わかりました。いつかお聞かせ願えますか?」
うん。
自信が付いたら教える。
「では、その日が来る事を願っております」




私が武器を使うのは、武器を使うときの気持ちを知るため。
後は、武器を使える様になった時のため。
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