何も見えない、真っ暗だ。
それは少年の物理的な状況と、自分の人生そのものを暗示していた。
暗い洞窟の中で、彼はこの先の不安と恐怖に打ちひしがれているのだ。
彼は今、10歳である。
今、彼は特別な仕事を任されている。「特別」とは、悪い意味でだ。
いつもなら、仲間と炭鉱で仕事を続けていたはずなのだが、経営者に、突然、「今年はお前だ」と言われ、今に至るのである。
彼は、貧困に喘ぐ家族の末っ子、になるはずだった。
物心つく前に親に売られ、人身売買にかけられた。そこで炭鉱の経営者に、他の同じような境遇の奴らとまとめ買いされたのである。
そこからは集団生活で、最低限の衣食住は保証された。逆に言えば、それ以上のものは一切与えられなかった。
物心が着き、しばらくすると子供たちの中でヒエラルキーが作られる。少年は幸いにも上から数えたほうが早い位置につけたが、下層の奴らの扱いと言ったらひどいもので、食事を取られる、物を壊される、逆らうとボコボコにされるなど目も当てられなかった。少年は加害的なことはしてはいなかったが、黙認はしていた。自分の地位が落ちるのを恐れたからだ。
世話係の中年女性らは、無愛想な表情をしていて、笑顔は少年らには殆ど向かない。ある時は、粗相をした子供の尻を叩き、またある時は食事を皿からこぼした子供に鬼子母神の表情で怒鳴りつける。彼女らが笑顔になる時は、経営者にゴマをすって賃金を上げて貰おうと催促した時くらいだろうか。だが、彼にしてみれば、その笑顔は醜悪そのものだっらしく、いつもの態度のほうが幾分かマシと思えた。
仕事は6歳になってから始まった。内容は鉄鉱石やら石炭やらを積んだトロッコを5〜6人で押す。言わずもがなトロッコは少年達の手を傷とマメだらけにし、炭鉱の中だとその上に黒いススに覆われるのだ。この仕事を朝7時から、昼休憩を挟み、夜6時まで働かされるのである。
一応、完全週休一日制で休暇はあった。ただこれは国から労働条件が悪いと通告され、以前は「週休一日制」でかなり劣悪な環境だったらしい。彼からしてみれば、今も十分劣悪なのだが。しかし、この時代は児童労働など当たり前の時代であり、この炭鉱はまだ「マシ」なのだ。
彼はヒエラルキー下層の子供がどこから持ってきたのか、勉学の本を片手に文字の練習をしているのを見た。
これは要するに逆転の為で、読み書きができれば将来デスクワークの仕事につけるのである。その後彼は、7歳の時点で炭鉱仕事から書記に転職した。そして、今頃は仕事場の窓から炭鉱を見て、今までいじめてきた奴らがボロボロになりながら働いている様を見て優越感に浸っているのだろう。その想像には、恐らく少年も含まれている。彼はいじめを黙認していたからだ。
話を戻すと、彼は今、炭鉱の隣にある、火山のふもとの洞窟にいる。ここは普段は立ち入り禁止なのだが、年に一度、ここに10歳の少年が送り込まれる。そして二度と帰ってこないのである。
当たり前だが、少年らの間ではそのことは恐れられていた。何故なら、選ばれる基準が分からないし、何故こんなことをしているのかも不明からだ。最初は仕事のできない奴を怪物が間引いているのかと思われたが、それにしては去年は仕事が出来る奴が選ばれたし、そもそも間引いたところで労働者を減らすだけだ。そのような話がで持ちきりになった時、仲間の1人が、「これ以上その話をするな!」と怒鳴った。
今年に10歳になるものは皆、この話にかなり敏感なので、常に神経が高ぶっていた。なのでなおさら少年が今年の生贄に選ばれたと知った時の脱力感ったらないだろう。
とにかく彼は明かりも持たされずに壁づたいに洞窟を進んでいる。随分奥まで進んだだろうか。彼の頭の中は、なんで自分が選ばれたのだろうという悔しさに支配されていた。せっかく風呂で綺麗にした顔が鼻水と涙でくしゃくしゃになった紙のようになってしまっている。しかしもう両方とも枯れ、あるのは嗚咽のみである。ついに彼は疲れからか地面に両膝をついてしまった。
「えっぐ、グスッ、どうなるんだろぉ、僕...。」
もう泣き疲れて、立ち上がる気力もない。精神的にも極限まで追い詰められた状況だ。
もう何も考えられない。上半身も重く感じる。
すると突然、
タッタッタッタッタ...
洞窟の奥から足早な足音が聞こえてくる。なんだろう。噂では怪物は生贄を食うらしい。そうか、きっと食べられるんだ。
彼は逃げる気力もなかった。足音は目前にまで迫り、グルルッという唸り声も聞こえる。足音が止まった。目の前にいるのだ。暗闇で姿は見えないが、なんとなく、妙にいい匂いがしたような気がした。
そして遂に少年の体に手を伸ばした。彼は覚悟を決め、目をギュッと瞑った。
が、怪物がとった行動は予想外であった。
怪物は彼を優しく抱き
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