森の奥深くにある誰の物とも分からない墓から、少女が一人のそりのそりと這い出てきました。
太陽が西の彼方に沈み月が顔を出した頃、ひんやりと冷たい土を押し退けて墓穴から這い出た彼女はゾンビでした。
ひたひたと足音を鳴らしながら、少女は食料を探していました。
ゾンビである少女の食料は男性の精や、どこか泣き叫ぶ人の顔を連想させるキノコでした。
けれども周りには食べられるものはなにもありませんでした。
この辺りの不気味なキノコはつい先日の夜に全て食べてしまいましたし、夜になるとゾンビが現れて人を襲うとなっては近づく人もなかったからでした。
「・・・・・・」
少女は押し黙ったまま自分の髪色と同じ白銀の月を眺め、何か呟くように口を動かしましたが出てくるのは少し掠れた呼吸の音だけでした。
少女は言葉が話せんでした。
いつからだったのか、何が原因だったのかも忘れてしまいました。
そして少女はここ最近、森の外のことや昼間の世界のことを考えていました。
しかし、考えただけでは飢えと渇きは癒えませんし、忘れてしまった言葉は出てきませんでした。
ちょっぴり悲しくなった少女は自分の墓に戻ると、早めの眠りにつきました。
体を包む柔らかな感触と規則的な揺れで少女は目を覚ましました。
寝ぼけ眼で見たそこは、少女の土の寝床とはまったく違ったものでした。
生前の、少女がまだ人だった頃のおぼろげな記憶を何とか辿ってみると、これが何かの乗り物であるかもしれないということが分かりました。
暖かな色の明かり、柔らかなソファー、窓の外を流れる今まで見たことのない景色。
生気の無い少女の瞳にほんの少し、輝きが宿りました。
いつしか少女は深い眠りについていました。
老人のことを覚えていてくれる人は誰もいませんでした。
どんなに仲良くなっても、どんなに仲が悪くても、一晩たてば人々の記憶から老人は消え去ってしまうのでした。
人を避けるようになった老人は、一人ぼんやりと星を眺めることが日課になりました。
そんなある夜、星とは違った輝きを放つ何かを老人は見つけました。
そしてそれは、老人のもとへとゆっくりと弧を描くように向かっているように見えました。
「いったいこれは、何が起こっているというんだ」
幾億光年の彼方よりやって来るそれの正体を確かめようと老人はじいと夜空を見つめていました。
そうしている間にもそれは老人のもとへと向かっていき、いつしか何かの機関が唸るようなごうごうという音が聞こえ始めました。
ごうごうと唸りを上げるそれをよくよく見てみると、たしかにそれは黒い列車でした。
「私は夢でも見ているのではないだろうか」
まったく信じられないものを見たと驚く老人をよそに、真っ黒な列車は老人のもとへとやって来ると蒸気をしゅうと吐き出しながら静かに停車しました。
『星降り丘』
男のくぐもった声が辺りに響き、老人の目の前にある列車の扉が開きました。
数分、老人はあっけに取られていたけれど、列車は扉を開けたままぴくりとも動かないままでした。
「乗れということだろうか」
老人はそう呟きながら列車に乗り込みました。
列車の中は特に変わった様子もなく、座り心地の良さそうな座席が向かい合う様に据え付けられ、その上に網棚があるだけでした。
乗客は誰もおらず、老人は適当な座席を見つけて腰掛けると、ハットを目深に被り直して眠りにつきました。
老人が眠りにつくと、列車は扉を閉め、再び機関をごうごうと唸らせながら走り出しました。
老人が目を覚ますと、前の座席にあのゾンビの少女がいて、ぼぅっと老人を眺めていました。
「こんばんは」
老人の挨拶に少女はこくりと頷きで返しました。
少女は頷くと、また老人をぼぅっと眺め始めました。
車内には二人以外の乗客はなく、静寂が訪れました。
聞こえるものは二人の息づかいと列車の揺れる音だけでした。
老人は若干の気まずさを感じながらも、長らく遠ざけていた人とのふれ合いに、久しく忘れていた心の平穏をなぜか感じていました。
ゾンビの少女もまた、ごくごく短いやりとりながらも人とふれ合い、体と一緒に冷たくなってしまった心が少し暖かくなった気持ちでした。
これが、話すことが出来ないゾンビの少女と誰からも忘れ去られてしまう老人の二人旅の始まりでした。
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