竜が抱く秘宝

 竜、ドラゴン、Drakon
 それは、魔王が代替わりする以前、何よりも強い「最強の生物」、神々に敵対し人々に畏怖される「怪物」、あらゆる宝を集め独占する「欲望の権化」。
 そして、戯遊詩人が酒場や王宮で謡い、幼子が寝物語に聞く世界では、太古の言葉を操り勇者に智慧を授ける「賢者」であると同時に、その圧倒的な力を持ってして暴虐の限りを尽くす「悪」であり、その果てに英雄に退治されるという皮肉な宿命を背負う「地上の王者」。


 遙か昔、竜によって滅ぼされ、今では住まう人も無く、唯々朽ち果てて行くのを静かに待つ古びた石造りの街。日の光が差し込むこともなく、どんよりとした空気が立ちこめる街の中心には古城が佇んでいる。王族も召使いもいない古城の謁見の間には、一生かかっても使い切ることができないであろう金貨と、大ぶりな宝石をあしらった純金製の王冠、錫杖、首飾り、おおよそ人の胴ほどはあるであろう金のインゴッド、名工が打ち研磨した刀剣と賢者によって作られた魔法具の数々が堆く積み上げられている。そして、その黄金色の小山の上に座して眠る者こそがこの古城の主たるドラゴン。
 ギラギラと煌めく財宝の光を浴びる翠色のドラゴンも、智慧を持ち、宝を独占する最強の存在である。ただ、伝承と違うところを挙げるとすれば、このドラゴンの秘宝とも呼べる物は断ち切れぬ物は無いとも言われる魔剣でも、あらゆる生物を支配することができる王錫でもなく、大きな金の鳥かごに囚われた壮年の騎士であること、救国の英雄としてドラゴンの下に送り込まれたこの男を、ドラゴンが打ち倒したということの二点である。

「傷は癒えたか、騎士よ」

 地の底から響くようなドラゴンの声に、男は短く、ああ、と答えると再び唖のように黙り込んだ。巌のような男の体が纏う鎧は所々、砕け、ひしゃげ、焼け焦げ、爛れている。傍らには血塗れになった聖銀の槍が転がっている。

「太陽と月がいったい何度入れ替わったことか。貴様は覚えているか?我にとっては午睡の一時のような物であったが、貴様には長かったであろう?」

 その問いかけにも答えず、男は鳥かごの中でじっとしていた。そんな男の態度にドラゴンは鼻を鳴らすと気だるげに続けた。

「まあ、よかろう。貴様のメイスが砕き、引き裂いた我の鱗と肉も、その槍が貫いた左の眼もついには癒えた」

 ドラゴンは、大きな傷は残り、左の眼は光を失ったままだがなと、憎々しげに言い放った。確かに、右の瞳は眼下の財宝の様に黄金色の眼光をたたえているが、左の眼は白く濁ったままであった。その二つの眼差しが男を見据えている。

「しかし、あの戦いは面白いものであったなあ。思い出しただけで身震いしてしまう」

 火のように赤い舌で舌なめずりをするドラゴンの声は喜悦に満ちていた。ドラゴンと男との戦いはまさに苛烈を極め、男1人を古城に送り込むために死山血河が築かれたのだ。戦と血の臭いに引きつけられたオーガやゴブリンたちが戦場となった街に雪崩れ込んでは兵士と刃を打ち付け合い、少しでも気を抜いた兵士を曇天の空に舞うハーピー達が攫っていく。そして、そこにドラゴンがやって来て、戯れに吐き出した炎で矢と投石された岩だけでなく、人も魔物も焼き払っていくのだ。まさに地獄のような光景だった。
 男が生きる物の気配が消え去った戦場を駆け抜け、古城の謁見の間に辿り着くと、はたしてそこには堂々たる体躯を持った翠色のドラゴンが男の到着を待ちわびていた。両者はお互いの姿を認めると男は怒りの怒号をあげ、喜びの咆吼を轟かせるドラゴンに突貫していった。男のやることは二つ。剛健な竜鱗をメイスで打ち砕き、聖銀の槍で心臓を貫く。これだけのことであったが、困難を極めるものであった。羽ばたきによる旋風は近付くことを許さず、巨木のごとき竜の尾は男を小石のようになぎ払い、業火と吹き出た血が鎧を焼き爛れさせた。
 だが、それでも男は諦めなかった。炎に焼かれ、血を浴び、吐血しながらも一心不乱にメイスを振るい、鱗を砕いて肉を裂き、ついにはドラゴンの脚を折ったのだ。それと同時にメイスも持ち手を残して折れたが、男は体勢を崩したドラゴンを見据えるとただの棒きれになりはてたメイスを投げ捨て、一矢報いるためにドラゴンの頭へと肉薄した。そしてついに、聖銀の槍はドラゴンの瞳に突き刺さるのだった。祈りが込められた聖銀の槍は竜の血によって溶けることなく、ドラゴンに痛手を負わせたのだ。
 今まで感じたことのない激痛にドラゴンは身もだえた。反動で槍が抜け落ち、木っ端のように転がった男をドラゴンが前足で踏みつけた。飛び散った血が辺りの財宝を溶かし、肺が腐るような異臭漂うなか、男は声高々に笑うと意識を失った。目を閉じる間際に見たものは、黒々とした煙の吐息を吐き、黄金色の瞳の奥にぐつぐつと煮
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