あり得たかもしれないもう一つの世界

「ずっとあなたが好きでした。私が落としたノートを拾っていただいた、あの日から。」
「・・・ごめんなさい。あなたの気持ちには応えられないわ。」
「・・・そうですよね。私とあなたは、数回会話したに過ぎません。全て私の勝手な片想いだと言うことは分かっています。しかし、この機会を逃したら、一生後悔することになると考えたのです。でも、これで決心がつきました。私は生涯を魔法科学に捧げます。」
「あなたには、私なんかよりも相応しい人がきっと現れるわ。」
「ありがとうございます。それでは、カルデアに行っても、お元気で・・・もう二度と会うことはないでしょう。私のことは忘れてください。・・・さようなら・・・」
「あなたも、お元気で。」

 こうして、私の最初にして最後だと考えていた初恋は終わった。最も、初恋と言ったって、会話は学問の話しかしなかったし、一緒に食事を数回した程度の関係だ。本当は始まってもいなかったというのが正解だろう。
 茶髪のセミロングの、右目を眼帯で隠した彼女を一目見たときから惚れてしまった。しかし、彼女は常に物静かで、大人しいというよりは、冷静・・・いや、冷たいという印象があった。そして何よりも、自ら他人と関わることを避けていたように見えた。
 それが、人付き合いが苦手な自分と重なって、好意に繋がったのかもしれない。

(そういえば、なぜ彼女は日曜日が嫌いなのか・・・結局最後まで聞けなかったな)。

 私の名はジャリエ。フランス出身の、卒業を間近に控えた大学生だ。
 私の家族は自分を含め、父と母の3人家族だ。母親は専業主婦で、父親は物理学の大学教授だった。
 私の家庭はとても厳格で、特に父親は教育熱心で頑固な人だった。そして何よりも徹底した現実主義、合理主義、物理学主義の人物で、物心ついたときには私は父親が嫌いになっていた。

 中学の頃になると、私は父親と頻繁に対立し、よく喧嘩をしては母親が仲裁に入っていた。
 そして現実主義で物理学主義の父親に反発するように、自分は神秘主義や魔法主義に傾倒して行った。ときには「これ以上魔法などバカげたことを勉強するなら出ていけ!」と言われ、家を飛び出したこともある。しかし、大抵は1〜2週間で補導され、家に連れ戻された。この頃には何度も家出をして両親や警察、学校に迷惑をかけていた。
 中学時代には魔法学や魔法科学の世界にのめり込み、自分には魔力が宿っていたことも知り、多くの神秘体験を経験した。それらの経験が、「自分は他の人よりも優れている」という歪んだ自尊心を育ててしまった(今思うと中二病という表現が相応しい)。

 高校のときには父親は自分を思い通りに育てることを諦めて何も言わなくなり、会話もしなくなった。母親はそんな険悪な家庭の中、必死に仲を取りつくろうと必死で、ストレスで体調を崩したこともあった。

 私は魔法科学の道に進むことを決意し、父親は当初猛反対し、「学費は一切払わない!」と言ったが、母親や担任の説得により結局は学費を払うことになった。
 私はイギリスのロンドン大学魔法学部に合格し、単身イギリスに渡り寮生活を送った。そして念願叶って魔法科学コースを専攻することができた。そして進路は北欧魔術研究所に決まった。これで思う存分魔法科学の研究に打ち込むことができることに心を躍らせていた。
 初恋の彼女の進路はカルデアだった。カルデアというのは一体どういう所なのか分からない。噂では世界から優秀な魔法使いを集めているとか、召喚魔術を研究しているとか言われているが、詳しいことは分からない。

 卒業式を終えたあと、私は最もお世話になったリリムの校長へ挨拶に行った。
「卒業おめでとう。」
「ありがとうございます。」
「・・・初恋は?」
「ダメでした。まぁ、でもほとんど一方的な片想いでしたから、初恋ですらありませんでしたよ。でも、ちゃんと想いは伝えました。」
「・・・そう。」
「これで心置きなく研究者としての道を歩めます。もう、女性に縁はないと思います。」
「そんなことないわ。」
「ありがとうございます。校長。今までお世話になりました。私を理解してくれたのは、校長だけでした。校長のことは、一生忘れません。」
「フフッ オーバーね。でも、あなたなら今後、大きな可能性が待っているわ。頑張りなさい。」
「はい!」

 リリムの校長は自分が出会えた唯一の理解者であり、母親のような存在でもあった。
 校長からは多くのことを教わった。学問だけでなく、心の在り方や大事なこと・・・言葉では上手く表せないが、校長から教わったことは一生の財産になるだろう。
 私は様々な思い出が詰まったロンドン大学をあとにした・・・。

(北欧へ旅立つのね・・・ジャリエ。あなたが旅立つのは寂しいけど、私はあなたを胸を張って送り出せる
[3]次へ
ページ移動[1 2 3 4 5 6..17]
[7]TOP
[0]投票 [*]感想
まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33