私はしがないサラリーマンだ。
そんな平々凡々な私は今、死刑宣告を受けたかのように恐れ戦いていた。
何故ならば私の目の前には体重計が置いてあり、周りでは冷ややかな目つきの看護師たちがじっと見つめてきているのである。
そう、今日は健康診断なのだ。それは私が肥満であると糾弾される日でもある。
そんな私は恐る恐る、目の前の板に足を乗せる。
数字のゼロが一気に跳ね上がり、私の体重を白日の下にさらけ出した。
私はゆっくりと足元の数字を見た。見てしまった。
そこから先、私の心の中では悲し気な獣の様な慟哭が響き渡ったのだった。
その数字を明言することはとても出来ない。
だが、私が今までに経験したことの無かった数値であったとだけ言っておこう。
その晩、私はダイエットを決意した。
……何度目の決意であったかは覚えていない。
つまり、私は今まで何度もダイエットを実行してきた。
だがしかし、どれ一つとして長続きしなかった。
だが、最高体重を更新した今回こそは成功させてみせよう。
……と言っても、成功しやすい方法は何であろうか?
室内での運動は私の性格上の問題で成功しないだろう。
何せ私は飽き性だ。すぐに他の事に興味が移ってしまう。
それならば、外で行う運動が良いだろう。
近くに公園があるし、そこで何かしてもいい。
しかしながら、あまり金を掛けたくはない。
新しい道具は私の部屋の物置で永眠すると定められているのだ。
だとすると、私に最適だと考えられるモノはこれだろう。
……ランニングだ。
これ以外考えられない。これが良い。
よし、方向性は決まった。それならば今すぐ始めよう。
昔の人は言った。「思い立ったが吉日」と。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
さて、自宅を出発して十分ほどだろうか。
私は今、身体から湯気を出し、虫の息である。
おっと、虫の息は言い過ぎかもしれない……だが、それぐらい疲れたのだ。
道程としてはまだ半ばである。
ゴールとして設定したのは自宅から三十分ほどの公園である。
だがしかし、久しぶりに本格的に走った私の身体は思った以上に貧弱であった。
今日はもうやめてしまいたい。誰も見ていないし、咎めない。
明日また走ればいいだろう。
そんなことを考えた私は家に向かって踵を返したのだ。
我ながら何と根性の無い事か。
思い立ったが吉日と発言した昔の人も私のあまりの心変わりの速さに草葉の陰で泣いていよう。
そんな事を考えながら帰路についていた私はある事に気づいた。
私の自宅……もとい、アパートの方向から誰かが歩いてくるではないか。
ここは別に田んぼや畑がそこら中に在る田舎ではないので、別段、深夜に歩き回る人は珍しくも無い。
だが、私がその人物を明確な違和感を覚えたのは、その人物が聖職者が身に着けるような服装だったからだ。
そして何より、その人物は私に向かって一直線で進んでくる。
これにはいくら呑気な私も身構えてしまう。
その人物はそんな私の目の前、一メートルほどでピタリと止まり、突然話し始めた。
「こんな夜中にいきなり失礼します。尋ねたいことが有るのですがよろしいですか?すぐに済ませますので」
「あ、はい。どうぞ」
思わず了解してしまったが、良かっただろうか?
いや、まぁ怪しさ満点であるが、普通に尋ねられたのだ。
応えるべきだろう。
「この辺りでこんな奴を見ませんでしたか?」
男は私に一枚の絵を見せてきた。
電灯の光に照らされた絵は綺麗に彩色されており、実に巧みな腕前であると思う。
これがこの人物の書いたものならば、もしやこの聖職者らしき男は著名な画家かもしれない。
それにしたってスマホが普及しまくっているこの現代社会に人相書きの絵である。
良く分からないが警察関係者だろうか?
そんなことはさておき、見せられた絵に描かれていたのは金髪の少女である。
外見から察するに小学生だろう。髪は輝くような金髪。
真夜中の如く暗いワンピースと蝋のように白い肌のコントラストが、一際その存在感を強調している。
その清楚な顔立ちの中で一際存在感を放っているのは少し露出している犬歯である。
私にロリコンの気は無いが、ハッキリと言ってしまおう。
実に好みである。もしモデルが身近に居るのならば、是非一目会ってみたいものだ。
……手を出すかどうかと言われれば話は別だ。私は自称ではあるものの紳士である。
「見た事ないですね」
「そうですか、残念です……これ、私の名刺です。もしコイツを見かけたら連絡してください」
名刺か……はてさて、この男の自称は何であろうか?
実にシンプルなデザインの名刺に書いてあるのは電話番号と名前と所属だけだ。
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