「何を読んでるんですか?」
自室で読書をしている僕に、一緒に暮らしているコカトリスの彼女が聞いてきた。
「ああ、これ? 『こんな言葉で怒られたい』って本」
「……え?」
何やら彼女が驚いた顔をしている。
……はて? 何かおかしなこと言っただろうか?
「あの、そういうの好きなんですか?」
「うん。好きだよ」
「そ、そうだったんですか……」
彼女は難しい顔をして考え込んでしまった。
「どうしたの?」
「……そういう趣味があったなんて……全然知らなかった……」
「あのー? 聞いてるー? もしもーし?」
彼女はまったく聞いてないようで、ぶつぶつと何か呟き続けている。
なんなんだ、一体。
「やったことないけど、大丈夫……。
信じるのよ……! 私を信じる私を信じるのよ!
私には出来る……私には出来る…………私には、出来る!」
彼女は急に叫ぶと、顔を上げて僕をキッと睨みつける。
そして。
「こ、ここここの変態っ!」
と、申されました。
いや、何でいきなりそんなことを?
僕、なんか悪いことしたっけ?
「ええと……どうし」
「ご……ごめんなさい!」
僕の言葉は彼女の謝罪により遮られた。
本当にもう、なんなんだ、一体?
戸惑う僕をおかまいなしに、何かエンジンがかかったらしい彼女はどんどんヒートアップしていく。
「だ、ダメです! これ以上は出来ません!」
「あ、あのー…何の話?」
「私だって、もっと上手くあなたを罵ってあげたい!
けど、無理なんです! なんていうか種族的に!
ごめんなさい! コカトリスで本当にごめんなさい!」
「いや、だからね、何の話してるのかと」
と、聞いてみるが、僕の言葉はまったく届いていないようで、彼女はひたすらごめんなさいと繰り返している。
「……こんな私じゃダメですよね……要らないですよね……お払い箱ですよね……。
さようなら……あなたのことは忘れません。どうか素敵なダークエルフを見つけて幸せになってください……!」
「だから何の話だっつーの!?」
涙ぐみながら意味不明なことを喋り続けている彼女を押さえる。
「一体どうしたのさ。何があったの?」
「だって……だって……うぇぇぇーーーん」
泣き出した彼女をなんとか落ち着かせると、ポツリポツリと語り出した。
「……さっき、言ったじゃないですか。そういう本みたいのが好きだって」
「本?」
本というと……。
僕はさっき読んでいた本を彼女に見せる。
「これのこと?」
こくん、と頷く彼女。
「これがどうしたの?」
「それってその……あれですよね。
何ていうか、罵られたり蔑まされたりするのが好きな、そういう特殊な趣味の人のための……。
あなたがそういうのが好きって言うから、私もがんばって罵ってあげようとしたんですけど、でもやっぱり上手く出来なくて……だから」
また目に涙を貯め始めた彼女をなだめ、考える。
罵られたり、蔑まされたり……? 僕がそういうの好き?
何でそういうことになるんだ?
僕はもう一度その本をよく見てみた。
……ああ、なるほど。そういうことね。
「あのさ、勘違いしてるよ」
「勘違い……ですか?」
「うん。これ別にそういう特殊な人向けの本じゃないし」
「え? そうなんですか!?」
「これはスポーツに関する本なんだよ。
監督にアドバイスとして怒られた言葉が載ってるものなんだ。内容は至って健全だよ」
僕がそう教えると、彼女は自分が盛大な勘違いをしていたことを知り、真っ赤な顔で俯いてしまった。
「まあ、よく考えると紛らわしいタイトルだし、勘違いしても仕方ないよ」
と、一応フォローを入れてみるが。
「ご、」
「ご?」
「ご、ごめんなさぁぁぁーーーーーーーーい!」
恥ずかしさに耐えかねたのか、彼女はこの場から走り去っていった。
「待っ――って、速っ!」
さすがは魔物娘屈指のスピードスター、コカトリス。
目にも止まらぬ速さとはこのことか。
「……って、感心してる場合じゃない! 早く追いかけないと!」
僕は彼女を追って家を飛び出した。
今日は長い一日になりそうだなあ……なんて思いながら。
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