サハギンさんと歌

 僕は、村の近くの海辺でいつも通りギターを弾いていた。
「ん?」
 その僕のすぐ横に、いつの間にか女の子が立っていた。
 女の子の耳にはエラみたいなものがあり、両手両足に水かき。
 そして何より特徴的なのが、胴体を覆う紺色の鱗。
 知っている。
 これはたしかサハギンと呼ばれる魔物娘だ。
「何かな?」
 そのサハギンに話しかけてみるが、反応はなし。
 ただ黙って僕のことをじーっと睨んでいる。
 これってもしかして……抗議?
 ギターの音がうるさいって抗議しに来たのかな。
「ごめん、うるかったよね」
 僕はここから移動しようとした。
 が、いきなり引っ張られる感覚がしたので止まる。
 後ろを見てみると、さっきのサハギンが僕の服の裾を掴んでいた。
「えーっと、何かな?」
 これにも返事はない、けど反応はあった。
 サハギンの視線が僕からギターに移動したのだ。
 これはもしかして……欲しいってことか?
「これが欲しいの?」
 サハギンは首を横に振る。
 そしてまたギターを睨む。
 ギターが欲しいわけじゃないのか。
 でも、ギターが気になっているのは間違いない。
 と、いうことは……?
「弾きたいの?」
 また首を横に振る。
 と、サハギンはギターを指差し、次に僕を指差した。
 これは、つまり。
「僕に弾いてほしいってこと?」
 サハギンが勢いよく首を縦に振る。
 どうやら正解の様子。
 なんだ、ギターを弾いて欲しかったのか。
 じゃあ、抗議だって思ったのは僕の勘違いだったんだな、良かった。
「わかった。
 じゃ、弾くよ」
 僕はサハギンの要望どおり、ギターを弾き始めた。
 曲なんてあまり知らないので、適当なコードを弾いてみる。
 ちらっとサハギンを見てみると、相変わらず僕を睨んでいる。
 が、よく見るとギターのリズムに合わせて体を揺らしていた。
 これは……お気に召してくれた、と考えていいのかな?
 どうせなら、もっと分かりやすい反応してくれればいいのに。
 そう僕が苦笑する、とそれを見てサハギンは首を傾げた。
「何でもないよ」
 僕がそう言ってもサハギンはまだ首を傾げていたが、次第にギターの音に夢中になっていったようだった。



 僕がギターをサハギンに聴かせはじめてから、しばらく経った時。
「…………らー」
「え?」
 びっくりして、つい演奏を止めてしまった。
 今のってまさか……歌?
 たしかサハギンって無口なんじゃなかったっけ。
 そのサハギンが、僕のギターに合わせて歌ったのか?
 とりあえずもう一度、演奏を再開してみると。
「…らー…らー…らー…らー」
 やっぱりだ。
 微かな声だけど歌声が聴こえてくる。
 でも小声なのはもったいないな。
「もっと声を出していいよ」
「!?」
 突然声をかけられたことにびっくりしたのか、サハギンは歌うのを止めてしまった。
「あ、ごめん。
 驚かせちゃったね」
 僕はギターを弾くのを止めて謝る。
「でも恥ずかしがらずに、もっと声出しても良いんだよ。
 ここには僕らだけしかいないんだから、遠慮せず好きに歌っちゃって」 
 サハギンは顔を上げて僕の顔を見てきた。
 その顔はまだ不安そうだったので、肩をポンと叩いて勇気づけてあげる。
「自信持って、ね?
 僕に君の歌を聴かせてほしいな」
 するとサハギンが頷いた。
 顔からは不安の色がだいぶ消えたようだ。
「それじゃ、いくよ」
 安心した僕はまたギターを弾き始めた。

「……らー……らー…らー…らー」
 しばらくすると、再びサハギンが歌いだした。
 さっきよりは大きな声だが、まだ遠慮が見える。
「音外したって大丈夫だから。
 もっと思い切って声を出そう」
「…らららーらー…らららー」
 さらに声が出てきたが、まだまだだ。
 もっと出るはずだ。
「まだまだ。
 もっと心の底から声を出すんだ。
 大丈夫、自信を持って!」
「らーらーらららー…」
 だんだんしっかりと声が出るようになってきた。
「そう!
 いいぞ!
 その調子!」
 僕はサハギンの歌声を引き出すために、声をかけ続けた。




「らーらららー♪ らららーらららー♪」

 だんだんとサハギンの歌声から遠慮や躊躇は消えていった。
 顔こそ無表情だが、今では伸び伸びと自信を持って歌っているように見える。
「らららーららーらららららーらー♪」
 僕もサハギンに触発されて、ギターの演奏に熱が入る。
 僕の心がどんどん楽しくなっていくのがわかる。
 僕がギターを弾いて、サハギンが歌ってくれる。
 これだけのことがこんなに楽しいなんて思いもしなかった。
 正直言って、僕のギターもサハギンの歌も、技術的には大したことはない。
 でもそれでも良かった。
 そんなことはどうでも良かった。
 だって今、凄く
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