僕が自室でくつろいでいた時だった。
いきなり少女が壁をすり抜けて現れたのだ。
妙な服を着て肩から小さな鞄を下げている、見た目小学生くらいのその少女は、自らを提灯おばけと名乗った。
現代人の僕はおばけなんて信じていない。
信じていないが、壁をすり抜け宙に浮き体の一部が燃えているその姿を見てしまっては信じざるを得ないわけで。
ちなみに体が燃えていても平気なようだ。僕もとくに熱いと感じないし。
すでに頬をつねるなどして夢でないことを確認し、今わが身に起きていることが、紛れもなく現実であるとわかった所で今に至る。
さて。至った所で考えてみる。
そんな非常識な存在が、至って普通の人間である僕の元になぜ現れたのか。
考えてみたが、まったく分からん。
分からんので、とっても気になるこのことを知るためには本人に聞くしかない。
今まで接してきた限りでは、相手に敵意らしきものは感じられない。
よって危険はない、と判断。
さあ、レッツ異文化コミュニケーション。
「……えーっと、その提灯おばけ? が僕に何か用?」
「はいー。用ありますー。大事な用ですー。ちょーちん買ってくださいー」
「提灯?」
「はいー。我々ちょーちんおばけは文字通りちょーちんのおばけなのですがー。
残念ながら今の時代ー、ちょーちんはすっかり廃れた物となってしまいましたー」
「はあ」
「そこでこのままではいかんと我々は立ち上がりー。
ちょーちんがこの世からフェードアウトしてしまわぬためにー、人々にちょーちんの良さを広めるべくー、積極的にちょーちんを売り込む活動を始めたのですー。攻める、ちょーちん営業なのですー」
むん、と提灯おばけは拳を突き上げて力説。
「そういうわけなのでー、ちょーちん買ってくれるとありがたいのですー。お願いしますー」
ぺこりと頭を下げお辞儀してくる。
「うーん……でも提灯あってもなあ……」
渋る僕を見て、提灯おばけはため息なんぞをついて見せた。
「やれやれー。
あなたは何もわかっていない様ですねー。
ちょーちんがいかに素敵で無敵で完璧な存在なのかをー。
たとえばこれー」
やけに偉そうな態度になった提灯おばけが指差したのは、天井にあるLEDの照明だった。
ついこの間買ったばかりの新品である。
「こんな物よりちょーちんの方が遥かに優れていますー。
取り替えですー。選手交代ですー」
「えー?」
この現代の最先端科学の結晶が、そんな原始的な過去の遺物に劣っていると?
そんなの、とても信じられない。
「信じられないって顔ですねー。
分かりませんかー?
このLEDが持つ重大な欠点がー」
「重大な欠点?」
「はいー。それはー」
提灯おばけは少しもったいぶった後に、胸を張って答えた。
「名前が可愛くないことですー」
「名前かよ!」
あんまりな理由に、真面目に聞くんじゃなかったと後悔。
「名前は重要ですー。
売れない商品の名前を代えたら途端に大ヒットってのは珍しくもありませんー」
確かにそうかもしれないが。
でもだからって買ったばかりのLEDを廃棄する気にはなれない。
第一、LEDって名前のままでも売れてるし。
「きっとLEDおばけなんていたらー、偉そーでインテリぶってて根暗で陰険な嫌な奴に決まってますー。
激プリティーな私たちに嫉妬していじめてくるに決まってますー。ダメ、絶対なのですー」
LEDおばけって、なんだよ……と呆れる僕をよそに話は続く。
「こんなの使ってるから世の中がどんどん荒むのですー。凶悪犯罪が増えるのですー。
バイオレンスでクライムでサスペンスなのですー。
それに引き換えちょーちんの灯りは目に優しいしー、癒し効果も抜群ですー。
みんなでちょーちん使えばー、荒んだ世の中もハッピーでラブリーでハートフルな世の中に大変身ですー。みんな笑顔の一員ですー」
提灯おばけは自慢気に語る。
それに水を差すようで悪いが、疑問が浮かんだので思い切ってぶつけてみる。
「でも提灯使ってた頃だって犯罪あったんじゃ?
それに凶悪犯罪が増えてるって証拠も無いし、いつと比べて言ってるのかも分からないし、大体、凶悪犯罪って定義もはっきり決まってないし……」
「……チッ。マジツッコミすんなですー。
そういう時はムカシハヨカッタ、ムカシハヨカッタとオウムみたいに繰り返してろってんですー」
「え?」
よく聞こえなかったので聞き返してみると、提灯おばけはこっちを向いて顔の前で手をブンブン振り出した。
「何でもないのですー。気にするなですー」
明らかに何かをごまかしている素振りがかえって気になるのだが、提灯おばけは勝手に話を進めていく。
「気を取り直してー、セール
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