ノコギリソウの輪の外で

   “ とある研究者のノート ”

 結局、共同軍事会議の場においても、私たちの研究成果はくだらない与太話として扱われ、無視される事となった。

 【バフォネット】は、確かに存在していたというのに。

 魔術的処理を施した水晶玉による、文章を用いた相互意思伝達システム。
 互いの距離や魔力の量などに影響される事なく、各種の戦術・研究・学習的議論から夕飯のメニューに至るまでを自由に伝え合い、話し合うことが出来る画期的なシステム。

 あれと同じ物を我々人類が作ろうとしたならば……飛躍的な技術の革新と、途方もない時間が必要になるだろう。
 しかし魔物達は、彼女達は、それを成し遂げた上で完璧に使いこなしていたのだ。

 その高度な力が、自由闊達な議論の形が、私を混乱させる。

 私は子供の頃から、『魔物 = 禍々しく、汚らわしく、恐ろしき悪の存在』と教えられて来た。
 そしてその教えを信じ、何ら疑問を抱くこと無く生きて来た。
 我が国の軍部から、私が所属する国立アカデミーへ研究依頼がやって来た、ほんの数ヶ月前までは。

 《魔物達の通信装置と思しき水晶玉の分析を行え》
 その依頼と使命を受け、【バフォネット】を研究し、その中身を覗き見ることに成功して以来……私の心の中にある思い。

「魔物とは、本当に悪しき存在なのだろうか?」
「魔物達も我々と同じように喜怒哀楽を持ち、娯楽を愛する存在なのではないだろうか?」
「魔物達と我々人類は、本当に分かり合うことが出来ないのだろうか?」

 この世界には、魔物達と友好的な関係を築いている国がいくつか存在している。
 しかし、我が国を含む複数の国々は、そんな彼らの事を疑問視し、馬鹿にすらしている。

 曰く、『奴らは人としての誇りを捨て、魔物に服従する道を選んだのだ』と。
 曰く、『奴らは自分達が「人間版ホルスタウロス」とでもいうべき哀れな存在である事に気付いていない、無知蒙昧な輩なのだ』と。

 その不遜な考え方が、自分達のあり方に疑問を抱かぬ傲慢さが、私を失望させる。

 だから私は、不眠不休で【バフォネット】を研究し続け、その内容を一本の論文にまとめあげた。
 さらに、共同軍事会議用の報告レポートを作成し、それを議場で発表するつもりだった。

 魔物達が育み、発揮した、高度な技術について。
 魔物達が持っている、豊かな情緒について。
 そして、魔物達と人類の前に広がっている、いくつかの未来と可能性について。

 だが……その間際になって、私の体は悲鳴を上げた。
 無理がたたり、研究室内で倒れた私は、自力で着替える事すら不可能になってしまったのだ。

 会議当日になっても私の体調は回復せず、発表は弟子が行う事となった。
 しかし、彼にとってその仕事は、あまりにも荷が重すぎた。

「君は一体、何を言っているのかね!?」
「君の国は、血税を使ってそんな意味不明な研究を行っているのか!?」
「魔物と人類の未来、だと? フンっ! 知れたことよ! 我ら人類は奴らを駆逐し、平和で安定した世界を作り上げる! それ以外の未来など、絶対にありえんのだっ!!」

 弟子に浴びせられた失笑、怒号、侮蔑の言葉は、想像を絶するものだったという。
 会議終了後、私の枕元へと報告にやって来た彼の疲れきった表情……。
 私は、あの表情を終生忘れる事は出来ないだろう。

 さらに、悪い事は続いた。
 何とか体調を回復させた私は、軍部からの呼び出しを受けた。
 そしてその場で、所属する国立アカデミーからの解雇を通告された。
 理由は、問わずとも瞬時に理解できた。先の軍事会議における、あの発表だ。

 恐らく、軍や政府の幹部達は、私の弟子が浴びた言葉に相当量の皮肉をまぶしたものを、他国の首脳達からぶつけられたはずだ。
 だから、面子を潰され、恥をかかされた彼らは、私に全ての責任を負わせる事に決めたのだろう。
 「あのレポートは彼の独断によって生み出されたものであり、我が国の魔物に対する公式見解とは全く関係ありません」とするために。


 私は明日、この国を発つことになった。
 行き先は、魔物と友好的な関係を築いている国にしようと思っている。

 東方のジパングには、『立つ鳥あとを濁さず』という言葉がある。
 立ち去る者は潔く、美しく、きちんと後始末をした上で発つべきだ……そんな意味の言葉だ。

 だがここで……私は、一つの【点】を残していきたいと思う。

 それが、このノートだ。

 この国立アカデミー付属図書館の奥深く、普段は司書でさえ立ち入らぬこのエリアに、私はこのノートを残していく。
 中身は、【バフォネット】で繰り広げられていた魔物達の愉快なやり取り。
 ここには何の生産性もない、思わず「どうでも良いよ!」と苦笑いした
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