「ねぇ。あんたは、カミサマって奴を恨んだこと……ある?」
「へ? どうしたの? 唐突に」
彼女が放った不意の問いかけに、僕は変な声を出してしまう。
「いや、だから、カミサマを恨んだ事があるのか無いのかって訊いてんのよ」
「う〜ん、そうだなぁ……無い、かな」
僕の返答に、彼女は少し意外そうな声で「へぇ」と呟いた。
そんな反応を確かめつつ、僕は言葉を続ける。
「厳密に言えば、『誰かや何かを恨んでいる暇が無かった』って感じかなぁ。良い事も悪い事も、嬉しい事も辛い事も、色々あったから」
「ふ〜ん……そうなんだ」
「うん。ところで、力加減はどう?」
「あ、すごく良い感じよ。問題ないわ」
彼女の返答に、今度は僕が「なら良かった」と呟いた。
会話はそこで途切れ、沈黙の時間が訪れる。
お互いに何も言わない、だけど不安や気まずさとは無縁の時間。
これは、僕と彼女の間に時々やって来る、穏やかなひと時のかたち。
今僕は、彼女の家で、彼女の肩を揉みほぐしている。
耳に届くのは、パチパチと火の粉がはぜる音。
肌に感じるのは、その火元……暖炉からやって来る、優しいぬくもり。
そして目に映るのは、どこまでもぼんやりとした意味を成さない何かと、彼女が放っている暖かな橙色のオーラ。
「……いきなり変なこと訊いて、悪かったわね」
会話が途切れて十分ほどが経った頃、彼女はポツリとそう言った。
「うん、大丈夫だよ。気にしないで」
「……ありがと。前々から、ちょっと訊いてみたかったんだ。ごめん」
少し元気を失った、彼女らしくないしょんぼり気味のトーン。
だから僕は、わざと明るめの声を出してこう言った。
「大丈夫、大丈夫。心の中であれこれ思って悩むくらいなら、バーンと遠慮せずに訊ねてよ。僕に答えられることなら、何でも包み隠さずに伝えるから。ね?」
「……うん。ありがと」
そして再び、沈黙がやって来る。
僕は、彼女と共に過ごすこんな時間が、とてもとても大好きだ。
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僕の左目は、生まれた時から何の仕事もしていなかった。
残る右目も、そんな相棒の後を追うかのように、十二歳で仕事を辞めた。
どんな名医にかかろうと、どんな祈りを捧げようと、僕の目はただただボヤけた、何が何だかわからない世界を映し出すモノになってしまった。
「諦めちゃいかん。希望を捨てちゃいかん。父さんが絶対に何とかしてやる」
父のそんな言葉が、とても心強かった。
「あなたを一人になんて、孤独になんて、絶対にさせないわ。母さんはあなたの味方よ」
母のそんな言葉が、とても嬉しかった。
でも……やっぱり自分の事は、自分自身が一番良く理解出来た。
あぁ、これは大変な事になってしまったなぁ、と。
あぁ、父さんと母さんを悲しませてしまったなぁ、と。
あぁ、これで新しい何かを見る事も、知る事も、出来なくなってしまったんだなぁ、と。
両親や友達の前では、明るく気丈に振舞っていた。
けど、毎晩ベッドの中では、声を殺して泣いていた。
起きて笑い、横になって涙する。それが、僕の日常になっていった。
そんな僕に、運命の出会いが訪れる。
あれは、十四歳の春。
僕たち家族が暮らす山間の村に、風変わりな一人のお医者さんがやって来た。
母の説明によれば、その人は東方の国から旅を続けて来た、髭もじゃの男性だという。
しかも、カンポーやシンキューという見た事も聞いた事も無いような不思議な治療術を駆使し、多くの人々を痛みや苦しみから救い出して来た凄い人らしい。
その人は村長さんの家に居候をしつつ、村の集会場を即席の診療所に変えて診察を始めた。
そして……その見事な腕前は、あっという間に大評判になった。
長年、腰痛に苦しめられていたおじいさんは、孫と元気に散歩が出来るようになった。
肺の病気に悩んでいたおばさんは、朗々と賛美歌を歌えるようになった。
酷い頭痛に襲われていた酒屋の看板娘は、素敵な笑顔を取り戻した。
さらに、そのお医者さんの凄さは、そうした治療の腕前だけではなかった。
それ程の素晴らしい腕を振るいながら、ごくごく僅かの治療代しか要求しなかったのだ。
「申し訳ありませんが、これで……」と野菜や果物を差し出す人に対しても、「おぉ、これは美味しそうだ。喜んで頂戴いたします」と笑顔で受け取り、それを代金にしたという。
医者の鏡とも言うべき、最高の技術と人柄。
だからこそ僕の両親は、最後の望みを託してその人に賭けた……。
「うん……なるほど」
「ど、どうでしょうか、先生。この子の目は、見えるようになりますか?」
一通りの診察を終え、ふぅと
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