ノコギリソウの輪の中で

 バフォメットの仕事量は、密かに多い。

 例えば、人間の男性に対するサバトへの勧誘作業。
 人間社会の流行リサーチや、『勧誘時に着ておくべき、男心をくすぐる衣装』の選定。あるいは、『男のスケベ心・萌え心を刺激する仕草』の確認など、煮詰めておくべき項目はあれこれと数多く存在している。

 さらに、魔女候補となる人間の女性に対する勧誘作業には、もう一手間、二手間が必要になる。
 服の裾を掴み、「ねぇお兄ちゃん、わたしのお話を聞いて……?」と言えば一瞬で陥落するような奴もいる男性とは異なり、女性に対してはそれなりのキャッチコピーやセールストーク、さらにはここぞと言う場面でのオマケアピールや成功例の紹介などが欠かせないのだ。

 魅惑系や強制系の魔術で有無を言わさず仲間にしてしまう方法もあるが、そうした強引なやり口は、人間の警戒心を高めるなどの厄介な問題を生み出してしまう。
 それだけに、人間の心を正確に掴み、後々の展開をスムーズにするための様々な方策作りは、手抜きが出来ない重要な仕事なのである。

 またこの他にも、魔女となった者達に対する教育、管理。
 より良い精を放出するための、男どもに対する生活指導。
 そして、よりエキサイティングで、創造性に溢れた黒ミサ運営のための下準備。
 加えて、充実したエロス&魔術作りに欠かせない素敵なマジックアイテムの制作作業……などなど、やるべき事、やらねばならぬ事が目白押しなのである。

「バフォメットをただの快楽好きなお気楽種族だと思っている奴がいたら、この鎌で股間から上に向かって裂いてやる……」

 と、呪詛のような呟きを漏らしながら、日々の仕事に打ち込んでいるバフォメットなのであった。



 そして、時をさかのぼる事、数年前。
 そんなバフォメットの中の一人が、変わった仕組みを考え出した。

 その名も、【バフォネット】。

 戦闘、研究などの理由でバラバラの場所にいる、魔王軍の精鋭や幹部達。
 あるいは、各地に住む有能有力な一部の魔物達。
 そうした面々に特別な術を施した水晶玉を渡し、相互の意思伝達が可能な連絡システムを構築しようとしたのである。

 ただ、一口に魔物と言っても、その種類、特徴は様々だ。
 バフォメットのように多種多様な魔術を駆使する者がいる一方、ミノタウロスのように力でトコトン押し切る事を信条としている者もいる。

 そこで、バフォメットは考えた。

「高い魔力や難しい魔術が必要な動画・会話型通信ではなく、文字のみでやりとりする簡易型通信であれば、種族に関係なく使える便利な仕組みが出来上がるのではないか?」

 平たく言ってしまえば、上のレベルに合わせるのではなく、下のレベルに合わせたのである。
 とはいえ、この仕組みの効果は抜群のはずだ。
 魔術が苦手なパワータイプの魔物達も、この水晶玉に手を触れながら強く念じる事によって、文字や文章を送信する事が出来る。
 これまでは伝令役などが必要であった場面でも、水晶玉一つでその時々の状況把握や戦術展開を行う事が可能となるはずだ。

「『魔王軍:魔術部隊』なんて大そうな名を頂戴しておきながら、奴らは何もしていないじゃないか」
 ……などと自分達の存在を揶揄する小うるさい連中も、この計画が完成すれば一斉に沈黙することだろう。

 アイデアをまとめたバフォメットは、さっそく【バフォネット】の制作に取り掛かった。

 睡眠時間を削り、ストレスは男どもとの狂乱な夜で解消し、時々魔女達を可愛がり、黒ミサでフィーバーし、新型魔術の開発中に爆発事故を起こしながら、バフォメットは作業を進めていった。



 そうして月日が流れた、ある日の黒ミサ終盤。
 壇上のバフォメットは、「エッヘン!」と胸を張りながら口を開いた。

「よ〜し。各自、小型の水晶玉を持ったな。それと同様、あるいはそれよりも大型の物が、各地の同胞達にも行き渡っている。それでは……これより、【バフォネット】の試験運用を開始する!」

 高らかな宣言と、それを見上げる魔女達の「わ〜♪」という可愛い声援。
 そして、荒縄で括られ、猿轡をされた状態でその辺に転がっている男達。

 しかし、システムの完成と睡眠不足で若干おかしなテンションになっているバフォメットは、そんな混沌とした状況に頓着する事無く説明を始めた。

「本格運用に先立ち、まずは掲示板システムを立ち上げた! これは、人間の里にある『街からのお知らせ、相談受付掲示板』のようなものだ! 稼動し始めたばかりの仕組みゆえ、不具合や問題点が生じた場合は、諸君らも遠慮なくここに書き込んで欲しい!」

 その言葉に、魔女達から本日二回目の「わ〜♪」という歓声が上がる。
 ……ついでに、床に転がっている男達も、釣り上げられた直後のカツオ
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