平和と、強さと、優しさと(後編)

「選ばれし勇者や英雄のような、特別な力……ですか? う〜ん、一日だけ体験させてもらえるなら、面白いかもしれませんね。えぇ、一日だけで充分です。自分には自分なりの、普通の人間としての生き方がありますから。地に足をつけて、胸を張って、日々『凡人』をやって行きたいですね」

「毎日、とても楽しいですわ。お客様から『貴女は魔物なのに、とっても働き者なのね』と褒めていただけることも、誉に感じています。今日と同じ日は二度と訪れず、同じ出会いも二つと存在しない。そんな一期一会に喜びを見出しながら、私は毎日を過ごしているのです」

 相棒の飛竜と共に、空を自由に駆け巡る竜騎士。
 バフォメットすら驚くほどの、極めて特殊な魔力を持った要人警護員。
 前編では、そうした“特別な何か”を持った騎士団員の方々に焦点を合わせました。

 それに対し、この後編では、陸・海・空・魔術それぞれの騎士団に所属する、一般の団員や職員の皆様のお話に耳を傾けて行きたいと思います。

 世間に流れる『普通ではつまらぬ。特別であらねばならぬ』という価値観は、本当に正しいものと言えるのか。『普通』とは、何もしない、感じない、考えないことと同義であると言えるのか……?

 この国の平和を守る彼ら、彼女らの言葉の中に、その答えがあるかも知れません。



《 陸の騎士団 第一特科団 所属 : 男性(二十九歳)の話 》

 特科団とは、平たく言うと……砲兵とか、砲術屋とか、そういう感じの部隊です。
 有事の際は、大小様々な砲や砲弾と共に動きまわって、敵に打撃を与えます。

 団訓は、[ 一発必中 死傷者なし ]。
 自分達の砲が火を噴く時は必ず戦果をあげ、なおかつただの一人の死傷者も出さない。
 それが第一特科団の戒めであり、教えであり、心意気でもあるんです。
 ちなみに、この死傷者という言葉には、“敵味方を問わず”という意味が含まれています。

 「え? 戦なのに?」と思われるかも知れませんが、我が国は親魔物国家ですからね。
 ぎっしりと火薬の詰まった大砲を撃ちまくり、屍山血河の地獄絵図を完成させる……なんてことになったら、魔物の皆さんから絶交されてしまいます。

 自分達が使用する砲は、重要部品に魔界銀や魔法石を用いた特別品。
 さらに、作成には人間はもちろん、ドワーフやサイクロプスといった魔物界の匠の皆さんが関わっています。
 そのため、たっぷりと数が揃っている訳ではなく、今後の増産予定も不透明ではありますが、一つ一つの砲が持つ威力や精度は桁外れに高いんです。

 また、砲弾の方も、色々な意味で常識外れのものが用意されています。

 例えば、魔灯花の成分を抽出したガスを込め、それを吸った者の魔物に対する嫌悪感を消し去ってしまう『魔灯花弾』。
 あるいは、とろけの野菜の成分に注目して作り出された、相手の抗魔力を低下・消滅させてしまう『とろけ弾』。
 はたまた、アンデットハイイロナゲキタケの特徴に着目し、炸裂した先の人間を仮死化・アンデット化してしまう『ナゲキ弾』。

 恐ろしい所では、相手の精神に作用し、過去のトラウマを次々と思い出させてしまう『悲嘆弾』などというものもあるんです。
 ちなみに、自分も過去の模擬戦において、仲間達と共にこの『悲嘆弾』を食らったことがありまして……いやぁ、あれは酷かった。
 記憶の奥底に沈めていたはずの恥ずかしい記憶や痛々しい思い出が次から次にボコボコ蘇って、「もう、お家帰りたい。誰か慰めて。誰か自分の話を聞いて」という状態に陥りました。本当に、戦意なんて一欠片も残りませんでしたね。

 少し想像していただきたいのですが、実戦の場において『とろけ弾』・『魔灯花弾』・『悲嘆弾』を間髪入れず、バンバンバンと撃ち込まれたとしたら……?
 恐らく、強靭な肉体と極めて禁欲的な精神を持つ反魔物国家の精鋭部隊でも、眼の前に現れた魔物さんにすがりつき、「お願いだからそばに居てくれ! 俺を一人にしないでくれ!」と泣き叫ぶこと必定でしょうね。
 加えて『ナゲキ弾』の洗礼を浴びてしまえば、問答無用にアンデット型の魔物さんと結婚確定です。

 そう……ここまでお話すればもうお気付きいただけると思いますが、我々が[ 一発必中 死傷者なし ]という団訓を掲げられる理由は、こうした規格外の砲と砲弾を有しているからなんです。

 【魔術の騎士団 魔術兵装開発:特別顧問】であるバフォメットのシェルムさんが立ち上げた、最強の特科団計画。その壮大な試みは、始動から十ニ年以上の時を経て見事に完成し、我が国の防衛力の向上に大きく寄与しています。


 ……と、サラリと終わることが出来るならば、自分達も楽なのですが。

 当然のことながら、優れた砲や砲弾も、それを使用する者が未熟であれば
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