魔物の息子たち

 人間は、魔物を産まない。
 魔物は、人間を産まない。

 今や誰もが理解している、この世の常識。
 未来の事はわからないけれど、少なくとも現在においては、それがこの世の理。

 だから、この世に“魔物の息子”は存在しない。
 一人も。絶対に。でも……本当に?

 その答えは、『否』。

 この世には、決して少なくはない“魔物の息子たち”が、確かに存在している。
 今この時を、彼らはしっかりと生きている。

 では彼らは、この世の常識や理を超越した、特別な存在なのだろうか。
 あるいは、現在の魔王の力が、ついに新たな扉を開いたのだろうか。

 その答えもまた、『否』。

 彼らは人間として生まれ、人間を父に、魔物を母に育った、普通の存在。
 魔王の魔力によって招かれた稀人ではない、赤い血が流れる普通の人間。

 彼らはどんな風に生まれ、どんな風に育ち、どんな風に両親の事を思っているのだろう。

 
 “魔物の息子”であるあなたに、質問です。
 あなたの歩んで来た道とご両親について、少し教えてください。



 《 ドワーフを母に持つ男性の話 》

 片や、国内でも五指に入る豪商の娘。
 片や、街外れにある、吹けば飛びそうな食堂の息子。
 そんな二人がふとした拍子に出会い、心惹かれ合い、将来を共に歩もうと誓い合いました。

 けれども、当然の事ながら、周囲の人々はそんな二人を許そうとはしませんでした。
 無理もない話だと思います。
 商売を営む者同士ではあるものの、それぞれの家柄も、資産の桁も、物事に対する価値観も、まるで異なっていたのですから。

 二人は周囲の人々の手によって、力ずくで引き離されました。
 お前達は、住む世界が違う。
 一緒になった所で、幸せになれるはずがない。
 馬鹿な夢や誓いなど、さっさと忘れてしまえ。
 皆、口を揃えてそう言いました。

 しかし、それでも二人の心が冷やされる事はありませんでした。
 街に大きな嵐がやって来た夜、二人はその風雨の中へと飛び出し、ついに駆け落ちたのです。

 その後、二人は故郷から遠く離れた対魔物中立国の農村にたどり着きました。
 そしてその場所で、貧しくも幸せな日々を重ね始めたのです。
 当時の二人を知る人は、その様子をこんな風に語ってくれました。

「若い二人だったね。綺麗な奥さんと、優しそうな旦那さんだったよ。奥さんは少し体が弱かったようだけど、それをきちんと旦那さんが支えていてね。何か訳ありの様子は感じたけど、村の皆もそこには触れずに、穏やかに接していたよ」


 そうして、新たな生活が始まって三年半が過ぎた頃。
 妻となった彼女のお腹に、新たな命が宿りました。
 村の診療所でその事実に触れた二人は手をとって喜び合い、感激の涙を流したそうです。

 ですが、運命は二人に……いいえ、産まれて来た赤子を含めた三人に、過酷な結末を用意していました。

 出産を終えた半月後、彼女は天へと召されてしまったのです。
 もともと体の弱かった彼女にとって、出産は大変な大仕事だったのでしょう。
 また、駆け落ちから出産に至るまでの疲れが、心身両面に大きな影響を与えていたのかも知れません。
 切ない事ではありますが、愛情だけで何もかも全ての苦難を乗り越えられるほど、人間は強い生き物ではないのです……。

 とにかく、そんな風にして、彼は赤子と共に残されてしまいました。
 彼は、あまりにも受け入れ難い悲しみに震え、半ば正気を失ったような状態に陥りました。

 彼女を愛した事が悪いのか、忠告の言葉を無視した事が悪いのか、駆け落ちという道を選ばせた事が悪いのか、彼女の両親から愛する娘を奪った事が悪いのか、いや、そもそも自分達が出会ってしまった事、それ自体が悪いのか、全てが許されない悪なのか。

 慟哭の中、彼の脳裏には取り返しの付かない自分自身の過ちが浮かんでは消えていきます。
 苦しみの渦へ突き落とされた彼を見た人は、その有り様をこんな言葉で表現してくれました。

「酷い言い方かも知れないけど、あの頃の彼は幽鬼のようだったよ。背中に赤子を背負って、奥さんの葬儀の時も、その後の生活の中でも、全く感情を現さなくなってしまったんだ。その上、見る間に痩せこけて、顔は髭でいっぱいになってね。畑で黙々と鍬を振るう姿は……恐ろしかったよ」

 彼は、あのままで大丈夫なんだろうか。
 赤子を彼から引き離した方が良いんじゃないだろうか。
 でもそんな事をすれば、いよいよ彼は狂ってしまうんじゃないだろうか。
 放っておいた方が良いんだろうか。役所へ通報した方が良いんだろうか。
 ……村の人々は変わり果てた彼の姿を目にする度、そんな事を囁き合いました。


 そして、彼女の死から七ヶ月と少しが経った頃。

 彼
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