晩夏の午後。
丘の上のベンチとその周りにある、いくつかの影。
ベンチに腰掛けているのは、銀縁の眼鏡をかけた老人。
深く刻まれた皺。少し曲がった背中。つるりと綺麗に禿げ上がった頭。
半袖のシャツから伸び出た腕は細く、手の甲にはいくつかのシミが浮いている。
だが、その姿は、決して貧相で淋しげな老人のそれではない。
眼鏡の奥の瞳には優しいぬくもりが宿り、口元にも穏やかな微笑みがある。
『愛しい孫たち』を見守る、心優しい祖父……そんな表現が似合う人物だった。
一方、老人が腰掛けるベンチをぐるりと取り囲む、五つの小さな影。
老人から見て、右から順にオーク、アラクネ、ラミア、妖狐、そして、ゆきおんなの幼体であるゆきわらし。
そう、老人を取り囲み、地面にぺたりと座り込んでいる『孫たち』とは、魔物の子供たちなのだ。
そんな『孫たち』は、皆一様に瞳を輝かせ、老人にこんなおねだりをしていた。
「おじいちゃま、おじいちゃま! 今日もお話を聞かせて!」
「私も、おじいちゃまのお話が聞きたい!」
「私も、私も!」
オーク、妖狐、ラミアの女の子が、老人の膝を揺すりながら言う。
「わ、わ、駄目だよみんな。そんなにしたら、おじいちゃまが困っちゃうよ」
「そうよ、やめなさいよ! おじいちゃまはお歳なんだから、迷惑でしょ!」
三人の勢いに驚きながら、ゆきわらしが慌てて止めに入る。
そして最後に、腰に手を当て、まるで学級委員長のような雰囲気で、アラクネが叱りの言葉を放った。
「「「ふぇ〜い」」」
オークは、唇を尖らせながら。
妖狐は、そっぽを向きながら。
ラミアは、やれやれと肩をすくめながら。
叱られた三人は、そんな不満気な調子で老人の膝から手を放す。
すると、そんな態度に対して、再びアラクネの雷が落ちる。
「返事は『はい!』でしょ! 何よ、そのふてくされた態度は!」
「「「へぇ〜い」」」
「だ・か・らぁぁ! 返事は、『はい!』って言ってるでしょ!? 聞こえないの!?」
「「「はぁ〜い」」」
顔を赤くして、プスプスと頭から湯気を出しそうな勢いのアラクネに、ゆきわらしが困り顔を浮かべながら言った。
「まぁまぁ、ね? みんなも、ちゃんと言う事を聞いてるみたいだから、怒らないで。ね?」
「ほんっとに……まったく、この子たちはいっつもこうなんだから……!」
「うん、だから、まぁまぁ、ね?」
仲裁の言葉と共に、膝立ちになって両手をハタハタと振り、「落ち着いて」のサインを送るゆきわらし。
その効果だろうか、「毎回毎回なんだから、ほんとにもう……」と呟き続けてはいるものの、アラクネの怒りは徐々に収まりつつあるようだ。
その様子を見届けたゆきわらしは、次に、叱られた三人と順番に視線を合わせながら口を開いた。
「みんなも、ちゃんとお返事しようよ。ね? みんなで仲良く遊べないのは、私、とっても悲しいな」
静かな、しかしきちんと気持ちが込められた、ゆきわらしの言葉。
彼女の視線と思いを受け取った三人は、何ともバツの悪そうな表情を浮かべ、互いに見つめ合い、頷き合った後……声を揃えて、ペコリと頭を下げた。
「「「ごめんなさい」」」
「うん! みんな、仲良しが一番だから!」
三人の素直な『ごめんなさい』を受け入れたゆきわらしは、ふんわりと花が咲くように微笑んだ。
いつも元気にはしゃぐオーク・妖狐・ラミア。
そんな三人の暴走や無礼に、ぷりぷりと怒るアラクネ。
そして、四人のパワーに振り回されながらも、最後はきちんとまとめるゆきわらし。
種族も個性もバラバラな五人だが、その友情は絶妙のバランスで成り立っているものらしい。
結局のところ、要するに彼女たちは、【素敵な仲良し五人組】ということなのだろう。
一連のやり取りを静かに見守っていた老人が、「ほっほっほ」と笑いながら言った。
「うむ。皆、今日も元気で大変結構」
その言葉に、五人の『孫たち』は「へへへ〜」とはにかむ。
「では、そうじゃのう……今日は、ここから遥か遙か東方の地、ジパングの英雄たちの話をしてみようかのぅ」
「わ、ジパング!?」
老人の言葉に真っ先に反応したのは、ゆきわらしだった。
感激したように胸の前で手を合わせ、期待と喜びにほんのりと頬を朱に染めている。
ゆきわらし、そして成長後のゆきおんなといえば、ジパングにルーツを持つ精霊型の魔物である。
だが、その地から遠く離れたこの国で生まれ育った彼女にとってのジパングとは、“遙かなる故郷”であると同時に、“未知なる異国”でもあったのだ。
遠い日にジパングから旅立ち、この国へと辿り着いた祖母。
そして、祖父母と共に幾度かの『里帰り』をした事がある母。
彼女は、
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