春の日の午後。
ベンチに、一人の青年が腰掛けている。
年の頃なら二十歳と少し。
足元に旅人たちが好んで使う大きなザックを置き、若干くたびれてはいるが動きやすそうな衣服に身を包んでいる。
髪は短く刈られ、顔にはおよそ二日分程度と思しき無精髭が伸びている。
そんな彼が、ぼんやりとどこか疲れた様な表情で、街を見下ろしている。
次の目的地について考えている風でも、旅に飽きてしまった風でもない。
ただ、何かを考えているような。そしてその考えが、すっかり行き詰ってしまったような。
そんな、何とも言えない雰囲気を漂わせている。
空は、雲ひとつない快晴。時折、気持ちの良い風も吹いて来る。
旅人にとってはまさに最高の天気であるはずなのに、彼にとってそれは全く関係のないもののようで……。
「旅人さん、どうしたの?」
そんな彼に、誰かが声をかけた。
高くもなければ低くもない、落ち着いた大人の女性の声だった。
彼は、その声の方へ顔を向け……一瞬、ビクりと体を震わせた。
何故ならば、そこに立っていた『人物』が、彼の予想とは全く異なる姿をしていたからだ。
青い肌と淡い銀の髪。
額から突き出た二本の角。
胸と腰まわりを隠すだけの虎柄の布。
そこに立っていたのは、黒縁の眼鏡をかけたアオオニだった。
魔物友好国のこの国でも珍しい、ジパングにルーツを持つ鬼亜人型の魔物である。
買い物の帰りなのだろうか、右手には野菜や果物が入った袋を持ち、左手にはジパング文字が書き込まれた大きな瓢箪型の酒瓶を持っている。
そんな彼女が、穏やかに小首をかしげ、彼に声をかけたのだ。
「あ、いや、えっと、あの……はい。大丈夫です。何でもありません」
不意に声をかけられた驚き。その声の主が初めて見るアオオニだった驚き。
その他複数の驚きが混ざり合って慌てた彼は、何とも締りのない返事をした。
「そう? なら良いんだけど。何だか、思い詰めたような顔をしてたから」
彼女はクスりと小さく笑ってそう言うと静かに歩み寄り、一人分の隙間を開けて彼の右隣りに腰掛けた。それは、どこまでも自然な、無駄のない動きだった。
だが、そんな動きに彼は大いに慌てた。
三秒ほど「あわわわわ」という表情を浮かべた後、彼女が持っている荷物の存在に気づき、自分のザックをぐいと乱暴に引き寄せながら、ベンチの端へと飛び退いたのだ。
その一連のドタバタを見届けた彼女は、口元に手を当ててクスクスと楽しそうに笑った。
「大丈夫よ。別にあなたを取って喰ったりはしないわ。命的な意味でも、性的な意味でも。ね?」
そう言うと彼女は、自分と彼の間に荷物を置き、「ほら、これなら安心できるでしょう?」と表情で伝えた。
そんな彼女の振る舞いに、彼の心もゆっくりと落ち着きを取り戻し始める。
良く言えば、豪放磊落。悪く言えば、己の欲望最優先の傍若無人。
オーガに類する魔物たちは、呼吸するように酒を呑み、遊ぶように闘争へ飛び込み、調教するように男に跨る。そんな気質の者がほとんどだ。
だが、そんな中にあって、アオオニは少々特別な存在と言えるのかもしれない。
オーガの一種らしく酒と男を好みはするものの、その性格は理知的で冷静。物事をきちんと見極め、時には暴走する仲間たちを厳しく諌めることもあるという。
彼は、乱れた自分の姿勢を正しながら、心の中で呟いた。
出会ったのが、アオオニで良かった。
これがアカオニやオーガだったら、きっと今頃は大変なことになってただろうな……。
はぁ、とため息をつきつつ、ポリポリと頭を掻く彼に、彼女が言った。
「もう見れば分かると思うけど、私はアオオニ。アオオニのコナツよ。よろしくね」
そして彼女……コナツは、穏やかに微笑んだ。
その表情を見て、あ、美人だな、と感じながら、彼も自分の名を告げ、ペコリと小さく頭を下げた。
「で、どうしたの? こんないい天気なのに、旅人さんがこんな所でボーっとして。財布でも落としたの?」
コナツの問いかけに、彼は「いいえ」と答えながら首を振った。
「ちょっと、考え事をしてたんです。そしたら、何だかわからない事がどんどん増えて来ちゃって。これからの旅の目的とか、次に目指すべき場所とか、あれやこれや色々と」
「ふ〜ん……そうなんだ」
彼は、視線を宙に漂わせながら言った。
一方コナツは、そんな彼をしっかりと見つめながら、再び問いかけた。
「旅人さんに向かって変な言い方だけど……あなた、この辺の人間じゃないわよね? この国とか、国境を接してる周りの国とか、そういう『私たちみたいなのと仲良しの国』の人間じゃないでしょう?」
コナツの言葉に、彼はギクりと表情を強張らせる。
訛りのせ
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