魔物追い祭りの楽しみ方

 我が国の東端に、小さき漁村あり。
 その漁村には、神に愛された俊足の若者あり。

 その若者、己の俊足で親を助け、友を救い、隣人を守る。
 猛り狂う魔物達、一匹たりとて彼に追いつけず、歯噛みする。

 ある日、魔物の賢者が若者に問う。

「我らと汝、駆け競べにて雌雄を決さん。汝勝ちし時、汝ら人間の望みを一つ、我らが必ず叶えん。されど我らが汝に勝ちし時、その身と命、残さず我らが貰い受けん」

 若者、胸を張って頷く。

「その勝負、受けて立つ。競争の路は、村の北端の山より始め、東端の港を通り、西端の大木を回り、南端の教会までとせん」

 魔物の賢者、不敵に笑いて承諾す。
 この駆け競べ、全て彼らの罠なり。
 人間、丸腰の若者ただ一人。
 魔物、走者七匹、道中には手練の襲撃者十匹。

 駆け競べの日、住人みな教会に集まり、祈りを捧ぐ。
 魔物の賢者合図し、一人と七匹、雷の如く走り出す。

 北端の山にて、矢の雨が降る。
 されど若者には当たらず、二匹の背中に突き刺さる。

 東端の港にて、海から襲撃者が牙を剥き、爪を振るう。
 されど若者は身をかわし、二匹の体が切り裂かれる。

 西端の大木にて、禍々しい魔術の炎が渦を巻く。
 されど若者は印を結んで耐え忍び、二匹の影が消え失せる。

 南端の教会にて、黒き大剣が振り抜かれる。
 されど人々の祈りが枷鎖となり、その刃は若者に届かない。

 残りし一匹、遥か彼方に置き去って、若者は決勝線に到達す。
 魔物の賢者、呆然たる面持ちでそれを見た後、膝を屈す。

 若者、流れる汗もそのままに、再び胸を張って頷き、伝える。

「この駆け競べ、人間の勝利なり。競争前の約定に則り、我ら人間の望みを伝えん」
「……何なりと」

 魔物の賢者、追放、処刑を覚悟す。
 されども、若者の思いはさにあらず。

「我ら人間、貴公らと友情を育むことを望む。怨敵同士でなく、仇同士でもなく、共に笑い、共に泣く、永遠の朋友になることを望む。願い叶うならば、再び、今度は正々堂々たる平和な駆け競べを望む」

 魔物の賢者、その言葉に完璧なる敗北と人のぬくもりを知り、滂沱の涙を流す。
 若者、賢者の肩を抱き、未来永劫に続く友情を思う……。


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 対魔物:友好国である我が国に存在する、遥か遥か昔の物語。
 若者が願った人間と魔物の友情、そして平和への思いは、現在も脈々と受け継がれています。

 そして、受け継がれているもう一つの事柄……。
 舞台は、その駆け競べが繰り広げられたと言われる、我が国東端の港街。
 毎年秋、その小さな街が国内外からの観光客であふれ返る、あの祭り。

 そう……逃げる人間、追う魔物。
 笑顔と汗と雄叫びが交差する、わが国最大級の祭典:魔物追い祭りです!!

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[ 魔物追い祭り 〜 基本ルール ]

 ・開催日について
 魔物追い祭り全体 : 十の月・第二安息日〜第三安息日までの一週間。
 魔物追い駆け競べ : 祭り三日目の午前十一時より開始。雨天決行。

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 ・参加資格について
 魔物側 : 夫や恋人を求める未婚の魔物であれば、種族を問わず参加可能。
 人間側 : 十八歳以上の未婚者であれば、男女関係なく誰でも参加可能。 

※参加申し込みは、駆け競べ開催一週間前〜前日までに、街の役場にて行うこと。
 なお昨年の参加者は、人間=百七名(完走者:二十一名) / 魔物=七十六名。

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 ・装束について
 魔物側 : 基本的に自由。ただし、魔術的効果を持つ衣服・装飾品の着用は禁止。
 人間側 : 紺色のズボン / 白いシャツ / 紺色のスカーフ / 履き慣れた靴。

※かつては、赤色のズボンとスカーフが使用されていた。
 しかし、ミノタウロス種の面々が興奮し過ぎるという理由から、現在の組み合わせに落ち着いたと言われている。

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 ・駆け抜けるコースについて
 街の北門を見下ろす山の麓から始まり、東端の港を通り、西端の大木をクルリと回って折り返し、南端にある教会前の広場まで駆け抜ける……すなわち、昔話に登場するコースが、現在においてもそのまま使用されている。

 常日頃から運動をする習慣の無い者にとっては、完走するだけでも一苦労となるだろう。
 また、土の道、砂利道、石畳など、道中様々に変化する路面に対しても注意が必要である。

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 ・駆け競べの開
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