ストックの花が咲くように

 人間だろうと魔物だろうと、妖精だろうと悪魔だろうと、『どんくさい奴』というのはどこにでもいるのだろう。

「お? どうしたんですか、ダーリン。お昼寝ですか?」

 ……言えない。
 ごく小さなぬかるみに足を取られ、豪快にすっ転び、受け身もままならぬまま背中から地面に叩きつけられ、確かな痛みと切なさと悲しさを噛み締めていたんだよ……なんて、絶対に言えない。


「すぅ……すぅ……」

 可愛い寝息を立てている彼女の顔を、そっと覗き込む。
 時折、湖から吹き抜けて来る風が、彼女の髪と耳をわずかに揺らす。

「ふ……んん……すぅ……すぅ……」
 それが少しくすぐったかったのか、彼女は自分の耳を両手で押さえながら、猫の寝相のようにきゅ〜っと体を丸めていく。

 その様子が何だかとても可愛くて、可笑しくて、僕はクスっと笑ってしまう。
 本当は、片付けなければいけない用事や仕事がたくさんあって、こんな風にのんびりと昼寝をしている場合ではないのだけれど。
 例えば、この湖に来た本来の目的である、染料になる草花の摘み取り作業。工房に戻ればその加工作業をしなければいけないし、今日中に仕上げてしまいたいデザインや縫製の仕事もある。
 ありがたいことに何件かのお得意様には恵まれたものの、個人経営の何でも屋系衣料服飾雑貨店は貧乏暇なしの状態なのだ。

「うぃ〜待てぇ、このぉ〜……悪いようには、しにゃいからさぁ〜……げへ、げへへ……」
……しかし、どうもこの子には、それが上手く伝わっていないのか、何なのか。

「……とうっ!」
「うぃ、うやぁああぁぁっ!?」
「……おはようございます」
「は、は、はい、おはようございますっ! ……って、そうじゃなくて! ダーリンっ!!」
「……何でしょう?」
「し、し、尻尾! 尻尾を引っ張って起こすのは反則だって、いつも言ってるじゃないですか! ここ、私の超敏感エリアなんですってば!」
「……ほぉ」
「『ほぉ』じゃないですって! あぁ〜もぅ、ビックリしすぎて心臓がドッキンバッコン言ってますよ……」

 そう、悲鳴のような大声と共に飛び起きた彼女には、尻尾がある。風に揺れていた耳も、頭に付いている。
 瞳に涙を浮かべながら一生懸命に抗議の言葉を並べているその姿は、美少女のそれと言って差し支えない。ぽっちゃりとしつつも、美しく豊満な肉体。少し赤みがかった髪と、ぱっちりとした大きな瞳。それら全ての特徴が、彼女の魅力をさらに引き立てている。
 けれど、彼女は人間ではない。
 彼女は、オーク。れっきとした獣人型の魔物。それも『凶暴かつ危険』とされている魔物である。

「……いやぁ、何かニヤけた顔で不審な寝言を発してたから、つい」
「そう! それもですよっ! せっかくダーリンを我が物に出来そうな所だったのにっ!」
「……ほぉ」
「可愛く怯えるダーリンを優しくキャッチ。そして、私の住処で目くるめく官能の時間スタート……えへっえへへへ……」
「……とうっ!」
「ふぃ、ふぇにゃあああぁぁぁぁっ!?」

 立ち上がって腰をくねらせつつ、何だかよろしくない妄想世界を語りだした彼女の腰に素早くタックル。そして、再びの尻尾引っ張り攻撃。
 彼女に対する《おしおき》は数々あれど、一番効くのはやっぱりこれのようだ……ちなみに、二番目は晩御飯抜きの刑ね。

「だっ、だからあぁぁぁ!!」
「……夢の中とは言え、人をさらうな。そして、犯すな」
「いやぁ〜ん、ダーリン何言ってるんですかぁ〜。これも、私のダーリンに対する愛の証のひ・と・つ♪」
「……ほぉ」
「それに、先にお昼寝し始めたのはダーリンの方でしょ? それなのに……酷いですぅ」
「……あ〜、それは確かに。うん。まぁね」

 それを指摘されると、確かに辛い。
 そもそも、勝手にすっ転んだ挙句「良いお昼寝ポイントを発見したぞ」とか、酷すぎる誤魔化し方をしたのはこちらなのだから。
 ……まぁ、その言葉を全く疑う事無く受け入れた彼女もすごいとは思うけど。

「……よし、とにかくパパっと用事を片づけて帰ろう。仕事も色々ある訳だし」
「うぅ〜、ダーリン、私の話し聞いてくれてませんねぇ〜?」
「聞いてるよ。ちゃんと聞いてる。家に戻ったら、まずはお茶の時間にしよう」
「……ほぉ」
「人の口癖を真似るな。で、ハンスさんの奥さんがくれたチーズケーキも食べよう」

 ムクれていた彼女の顔が、次第に明るさを取り戻し始める。
 『オークは雑食性の魔物である』という話は、半分本当で半分嘘だ。確かに彼女は何でも食べるけれど、悪食という訳じゃない。むしろちょっぴり、グルメですらある。
 だから、こんな風に美味しい食べ物を交換条件にすると……

「摘み取る草花は、いつもの五種類。頑張って集めてくれたら、今日の夕飯はメルルの好物のど
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