駅のホームに降り立った僕を、じーわじーわと鳴く蝉が出迎える。
出迎える人は無く、無人駅ゆえに駅員さえ居やしない。
相変わらず僕に夏を叩きつけるように鳴く蝉の声を聞き、僕はただただため息をつく。
……できれば、二度と帰ってきたくは無かった。
電車から降り立った僕の胸に去来するのは、そんな非常に後ろ向きな考えだった。
かれこれ5年。
あの日、自分の故郷であるこの町から一人逃げるように都会の大学に進学し、無事卒業。
しかし、大学を卒業したからと言って安寧の未来が約束されるわけでもない現代。
就職戦争という戦争に見事に敗残し、それでも未練たらしく一年も向こうへしがみ付き、でも結局、こうして情けなくも故郷へと帰ってきたわけだ。
無人駅にずっと立ちつくしていても仕方が無い。
既に向こうでの住居も無い僕に、今さら向こうへとんぼ返りするという選択肢など無いのだから。
俯きながら、とぼとぼと無人駅から出て、記憶にある道をすすむ。
……ああ、本当に、帰ってきたくなんて無かった。
情けない理由で帰ってきた、という事がまず帰ってきたくなかった、という思いの理由の一つ。
ただ……この理由なんて、僕の中ではほんの数%程の割合しか占めていない。
残りの理由。
それは……
「もしかして……飛鳥……さん……?」
「ん……? あ……」
自分にかけられた声。
自分の記憶の中にこびりつく、嫌な思いに繋がるその声。
しかし、僕は反射的にその声に反応し、俯かせていた顔を上げてしまった。
果たして、そこにいたのは、僕の予想通りの人物……いや、彼女を『人』物と呼んでいい物か。
少なくとも、僕の知っている人は、背中から羽を生やしたり、頭から角を生やしたりしていないのだから。
ともかく、そこにいたのは、一人の女性。
ただ、その背には一対の羽を持ち、頭からは山羊のような、悪魔のような、捻じれた角がはえている。
そんな女性。
僕の嫌な記憶の中に残る彼女よりも成長しているが、それでも彼女だと分かる。分かってしまう。
……まさに、僕がこの町に帰ってきたくなかった理由の一部にあたる女性がそこに居た。
※ ※ ※
魔物、なんてファンタジーの中の存在であった筈のものが僕達が住むこの世界に現れ始めたのは、果たしていつの頃だったか。
少なくとも、僕が物心付いたときに既に魔物が居た……なんてことは無い。
世界はいつもどおり平穏で、かと思えば外国が戦争だなんだと騒ぎ、やれ事件だやれ事故だと世間は騒ぎ。
それでも、そんな当たり前の事しか起こらなかった、ごく普通の世界だった。
でも、そんな世界も、本当にいつから変わってしまったのだろう。
僕がその変化に気付いたのは、大体6〜7年前。
まだ僕が高校二年生で、将来のことをそろそろ考え始めなければならないと、漠然と考えていた時期の事だった。
でも、僕がその頃に気付いたってだけで、きっと世界規模で見れば、もっと前から、少しずつ変わっていってたのかも知れない。
まぁ、そんなことを考えたところで詮無き事、だけれども。
とにかく、ゆっくりと、僕がその存在を知ってからもゆっくりと、しかし確実に魔物という存在は僕たちの世界を侵食して言った事は確かだ。
もっとも、その頃の僕はそれほどことを重大に考えていなかった。
魔物を見かけても、別に害されるわけでもなく、むしろ同じ人間よりも友好的であるかもしれない。
だから、その頃は分からなかった。
いや、多分どこか他人事だったんだろう。
――魔物は、人を魅了する。
――魔物は、人を同族へ変える。
それがいかに恐ろしいことか。
そのときの僕は、分からなかったんだ。
※ ※ ※
「…………」
「…………」
二人、僅かに距離を開け、それでも横に並んで歩く。
いや、正確に言うと僕が彼女を引き離そうと歩を早めても、彼女もそれに会わせて歩む速度を上げるため、結果的に並んで歩く形になっているだけだ。
「あ、あの……」
隣を歩く彼女……小日向 紬(こひなた つむぎ)が躊躇いがちに声をかけてくる。
別に無視してもいいのだが、それとなく、しかし確実に、僕との間で距離をとられているため、泣き出しそうな彼女がこれ以上泣くという事は僕のとっても宜しくない。
……周囲の視線的に。
現状でさえ周囲の視線が痛いのに。
「……なに?」
「あ、えっと、帰ってきたんですね」
「別にいいだろ? 何? 帰ってこなかったほうが良かった?」
「あ、そういうわけじゃ……」
僕の辛辣な対応に、彼女は俯いてしまう。
その事に若干思うことが無いわけでもないが、その事について何かいう事はしない。
そして再び僕たち無言。
正確には、彼女は何かを話そうと口を開くのだが、すぐに口を閉ざし俯き、を繰り返している。
その様子に、思わずし舌
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