真夜中の海辺で、俺達は出会った。
「……いい歌だな」
「ん?」
月の光を反射させながら揺らめく海をじっと見つめ、そいつは歌を歌っていた。
今まで歌う事に夢中だったのだろう、俺が声をかけるまで俺の存在に気が付いていないようだった。
「あれ? 今の歌には魔力こめてなかったはずなんだけど……なんでだろ」
「あ? ただ単に通りがかったら歌が聞こえてきたからどんな奴が歌ってるのか見にきただけだよ」
しかし、まさかその歌を歌ってる奴が……
「セイレーンだったとはねぇ」
そう、俺と向かい合っているそいつは人間ではない。
人ではまず持っているはずがない翼を、人間では腕があるはず場所に持っている奴を人間という奴がいるならお目にかかりたいものだ。
「あんた、気持ちよく歌ってるところ悪いがさっさとここから立ち去ったほうがいいぜ? ここらへんは親魔物派の領地と反魔物派の領地の境だからいろいろややこしいぞ。それに盗賊がいるって噂だ」
「そうやって警告してくれるあなたは、親魔物派なのかな?」
「そんなところかな? もっとも、ここらへんで生まれたんじゃなくて旅の途中でここに立ち寄って、親魔物側の領主の依頼でしばらくここらへんに居るだけだけどさ」
「そっか」
そのセイレーンはそう答えると、その視線をまた海に戻し、再び歌を歌い始めた。
「……警告無視かよ」
まぁいいか。
警告はしてあるんだ。あとは自己責任って奴だ。
俺は未だに歌を歌っているセイレーンをそのままにし、しばらくの宿へと戻った。
俺とそいつの出会いは、こんな変哲のない物だった。
※ ※ ※
翌日の夜中も、俺は領主からの依頼で領地周辺を歩いていた。
なんでもこの親魔物派領地と反魔物派領地の間という厄介な場所に盗賊が住み着いたらしい。
今までも食料などが略奪されており、その被害に領主が頭を抱えていたとき、偶然立ち寄った旅人である俺にしばらくの間見回りなどを頼んできたのだ。
見返りは、依頼期間中の宿代無料と、ここを発つ時にもらえる手はずのそこそこの食料だ。
物があれば金にはそれほど執着しない俺には、それくらいでちょうどいい。
ふと今居る場所を見回す。
そういや昨日はここであのセイレーンの歌が聞こえてきたんだよな。
まぁ、昨日あそこまで警告したんだ。
さすがに今日も歌っているなんて事は……
−〜♪
「……あったよ」
昨日のように歌声がするほうへと向かうと、そこには昨日と同じように海をじっと見ながら歌っているセイレーンが居た。
一瞬別人かとも思ったが、月明かりに照らされたその横顔は昨日のセイレーンと同じだった。
「警告はしてたはずだが、聞いてたのか?」
「聞いてたよ。でも聞き入れるかは別問題でしょ」
そうやって俺に一瞥くれた後は、セイレーンは視線を海に戻し、しかし歌いだす事はしなかった。
「あなたも変わってるわね。私のことなんかほっとけばいいのに」
「んな後味悪いことしたかねぇよ。言ったろ? ここらへんに盗賊が住み着いたって噂だ。あんたが翌日死体になった何てことになったら後味悪すぎて飯が喉を通らん」
「あっそ」
それっきり、俺とそいつの間に言葉はなかった。
しかし、纏う空気はなにやら俺を拒絶するかのような物だ。
そこでふと疑問に思う。
魔物というのは程度の差はあれ、人間……特に男には友好的なはずだ。
その友好の意を示す手段は千差万別だが、このセイレーンみたいに拒絶することが友好の意を示す方法だなどとは聞いたことがない。
というか、そんな奴はどんな天邪鬼だよ。
つまりこのセイレーンは本心から俺を拒絶しているようだ。
はて、俺は嫌われるような事をしただろうか?
俺は警告をしただけだが……
さては歌を邪魔されたことに腹を立てているのだろうか。
だとしたら俺の落ち度だな。
だとしたらここにずっと居ても不機嫌度合いを上げるだけか。
「とにかく、危ないと思ったらすぐ立ち去りなよ?」
俺のその警告に対する返答はなかった。
俺は宿に戻ってからも、どうにもあのセイレーンのことが頭を離れなかった。
今まで旅の最中に数々の魔物と触れ合ってきたが、ここまで頭にこびりついた奴は初めてだ。
その理由は、やはり彼女の顔だろうか?
いや、別に可愛かったから残ってるって訳じゃないぞ?
あ、可愛くないって訳でもないからな。むしろめっちゃ可愛かったです。俺の好みジャストミートです、はい。
とにかく、顔って言うか表情だな。
なんっつーか、人を拒絶してるくせに、その表情が人を蔑んでくるようなものじゃなくて、寂しそうで、申し訳なさそうで……
「やっぱ訳ありか……?」
普通の人なら、ほっとくんだろうなぁ……
「でも、ほっとけるわけないだろうが」
あんな顔見せられちまったらなぁ……
ほっ
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