森の中を歩いている。
時刻は昼前だが、先が見えないほど高く育った樹木たちが光を根こそぎその葉に受けているお陰で、一筋の光すら差しこむことはなく、辺りは新月の夜の様に真っ暗だ。
そんなまっくら森の道無き道を、ランタン片手に私は歩いている。子供の頃肝試しをしたのを思い出す。
別に私は大人になってもこのようなことを好き好んでやる人間ではない。これはれっきとした職務なのだ。
私はとある国で王に召し使える騎士をしている。従士をしていた父に憧れて、十代の頃から兵士として国王の為、身の丈を超える槍を担いで幾多の戦場を駆け巡った。敵を討ち倒し、領土を広げていくうちに近衛隊長という素晴らしい肩書も頂いた。今回もまた一つの国を自治領とした頃、ある噂が流れた。
その国の周りには幾つもの高木林がなっており、その内のどれか一つは、恐るべき魔物娘達の巣窟になっているという。
そしてその魔物たちを束ねるのは、世にも醜悪な化物、トロールだと言うのだ。
曰く、巨大な体躯で肌は土のように浅黒く、手足はハチに刺されたように肥大しているという。
曰く、粘土をこねくり回したような顔をしており、常に全身から異臭を放っているという。
曰く、好物は人間で、口を洞窟のように大きく開けて一飲みにしてしまうという。
その噂を聞きつけた王は、直ちに兵士を森へ派遣し、魔物娘の捜索に当たらせたのである。
そして、私も魔物が住んでいると思しきこの森を探検する事になったのだが。

「迷った……」

そこは森林というよりは密林、いや樹海といったほうがいいかもしれない。前後左右見渡す限り同じような気が並んでおり、歩き始めて一時間もしないうちに私はどこから来たのかわからなくなってしまったのだ。

「落ち着けぇ、落ち着くのだ近衛隊長ゴルト……」

ゴルトとは私の名前だ。父が与えてくれた誇り高き名だ。その父と、王から賜った名誉ある称号にかけて、森で迷子になるなどあってわならないのだ。しかし、先程からいくら歩いても出口らしきものは見つからない。
全身から粘り気のある汗が流れてくるが、ここで理性を失ってはいけない。くじけずに歩き続ければ道は拓けるのだ。


「………………」

歩き続けてさらに一時間。流石におかしい。
大人の男性、加えて一兵士である私が2時間まっすぐ歩き続けても森を抜けられないというのは異常である。
それほどまでにこの森が巨大なものだったのか。いや、地図で見た限りではそれほど大きな森ではなかったはず。
一体どういうことだ。私は惑わされているのか……?いや、ひょっとして……。

「……迷わされている?」

でも、だれに……?
急に辺りの温度が冷え込んだ気がした。風が吹いてもいないのに枝や葉がざわめき始める。

「………………」

そうだ。歌おう。歌って楽しい気分になるんだ。わ〜い ぼく 歌 だいすき〜。

「……トロールなぁんか怖くないぃ〜♪」

足音が一つ余計に聞こえるがきっと気のせいだ。

「あ、怖くないぃったら怖くないぃ〜〜♪

後ろから少女の笑い声が聞こえるが幻聴に違いない。

「もぉおしい〜襲われぇたぁとしぃてぇもぉ〜〜♪」

明らかに背後に気配を感じるが私の勘違いに他ならない。

「やぁりでひっと突き、イィチコォロさ……」

「ねえ、いい加減気付かないフリやめたら?」



「おおおおおおおぉぎゃああああああああああ!!!!」

私は走る。自らの影を絶つが如く、全てを置き去りにして走り抜ける。
木々や花が笑い出す。なんの比喩表現でもない。その辺りから笑い声が聞こえるのだ。しかし、声の出元を探している暇は無い。そんな事している暇があるなら一瞬でも早く足を動かさねば!ここから逃げねば!

「悪い子いねが〜」

「ぴぃいいいいいいいいい!!」

槍と盾を捨てて、加速する。

「オンドゥルルラギッタンディスカー」

「むきゃああああああああああああ!!!」

兜を捨て、更に加速する。

「首おいてけ!首おいてけよ!なあ!」

「ぴゃああああああああああああああああ!!!!」

甲冑を脱ぎすて、もっと加速する。

森のそこかしこから、恐怖の叫び声が発せられている。が、半分くらいは私の叫び声にかき消されて私の耳まで届いていない。その代わり私の声に私が驚き、恐慌状態を増長させている。負のスパイラルもしくは永久機関である。
そんな滑稽な姿を見て何かが腹を抱えて笑っている。見えはしないがそのくらい大きな笑い声だ。
走っても走っても笑い声が聞こえる。早くここから逃げ出したい。
走れ、いや疾走れ。もっと足を動かして。

「だれかあああああああ!!」

その時、意識は完全に我が脚に集中していた。

「あ……」

そのせいで、自分が走っている方向に何があるのか気付かなかった。

「大……木ぅ……
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