「白いウサギを知らないか?」
私は紫と黒の毛並みをしたワーキャット―チェシャ猫―に尋ねた。
背丈は私よりも少し低いだろうか。露出度の高い格好をしていて、胸元や太ももに思わず目が行ってしまう。
そして、そんな男の下心を察知しているかのように、可愛らしい顔にニヤニヤと笑みを浮かべていた。
「これのこと?」
チェシャ猫は何処からか白いウサギのぬいぐるみを取り出した。
「いや、生き物のほうなんだ」
「じゃあこれ?」
今度はウサギの丸焼きを掲げた。
「いや、生きている方なんだ」
というか、ワーラビット何だが……。
「君って意外と我儘だね。それよりもさあ……」
チェシャ猫は茂みに飛び込むと、その姿を消した。かと思えば
「ここはどこ?とか、君は誰?とかそういう質問したほうがいいんじゃないの?」
いつの間にか後ろに回られ、私の腕に絡んでいた。手品師か何かか?吐息が耳に当たり、思わず身震いした。
「いや、私は普段からどこだかわからないとこふらついているし、君との関係もこれまでだと思うから、別にいいよ」
と、なんとか平静を装ってみた。しかし、決して嘘を言っているわけではないのだ。
私は旅人だ。一つの場所に留まることが性に合わないらしく、旅に出て、お金を稼いで、またどこかへと言う事を繰り返していた。
しかし、道を急いで駆ける白のワーラビットとぶつかった拍子に旅費のはいった小袋を取られてしまった。
代わりに懐中時計が落ちていたことを鑑みるに、取り間違えてしまったのだろう。せっかちなうさぎである。
それがついさっきの事で、うさぎを探して森を歩いていたらチェシャ猫に遭遇してしまったのが現在、というわけである。
事の経緯をチェシャ猫にかい摘んで説明した。
「なるほどね、その白ウサギのことか。それならそうと言ってくれればいいのに。我儘で冷たい上に言葉足らずだね君」
何だとこの猫、失礼にも程があるぞ。と言いたいところだが、喉の辺りでグッとこらえた。
「ひょっとして知っているのか?」
「勿論。その子は同じ国の生まれだからね。名前から3サイズまでなんでも知ってるよ。何が知りたい?」
「今どこにいるのかだけ教えてくれ。」
別に名前も3サイズも知りたくなかった。ただお金を返して欲しいだけなのだから。
「それはちょっと分からないなぁ……」
チェシャ猫は肩をすくめ、困ったような顔をした。本当に困っているのはこっちである。
「なんでも知ってるんじゃなかったのか?」
「前言撤回。現在地以外ならなんでも知ってるよ」
胸を張って答えた。揺れていた。いや、別に私は胸に興味が有るわけではない。動くものを反射的に目で追っているだけ。そう、そうなのだ。
と、いかんいかん。今は重要なのは胸ではなくウサギである。
「じゃあその白ウサギが普段よく行く場所教えてくれよ」
「それなら分かるよ。ちょっと遠いから、一緒に行こう」
と、チェシャ猫は絡めた腕を引いて歩き出す。私は彼女に導かれるまま、森の奥へと足を運んだ。
「ねえ、旅って楽しい?」
道案内の途中。不意に、チェシャ猫が尋ねてきた。
「うん、まあ……どうなんだろうね。別に嫌ではないんだけど」
消去法でこんな生き方をしているだけで、旅が好きかと聞かれると自分でもわからなかった。
「君は旅したことはないの?」
「ないね」
「旅にでたいと思ったことは?」
「もっとないね」
俊敏な動きで樹木をするりと登っていく。そして、フッ、っと消えた。
「行こうと思えばどこでもいけるからね。僕達チェシャ猫の能力でなら、この国の中なら縦横無尽に移動できちゃうから」
そしてまた突然私の目の前に現れる。なるほど、さっきから行われている瞬間移動は手品ではなく、彼女らの特異な能力だったのだと納得した。
「便利そうだな」
「そうだね、この国に迷い込んだ若い男の子に真っ先に出会えるのはメリットだよねぇ」
妖艶な笑みを浮かべている。その表情はおっかなくもあり、魅力的でもあった。やはり彼女は魔物なんだ、と再認識してしまう。
「そういえば、私のことは襲わないのか?」
「え?うぅ〜んそうだなぁ〜……」
しばし考えた後。
「僕が悪戯するより、誰かに悪戯サれているのを見てるほうが楽しそうかも」
……つまり、私は現在進行形で騙されているということか。
「まあ、悪い人じゃないみたいだから、ウサギに時計を返すまでは何もしないであげるよ。」
ぼくはね?と付け加えて、からからと子供っぽくチェシャ猫は笑った。ただ他愛もないおしゃべりをしている間に彼女は様々な笑顔を見せた。
表情豊かに笑う彼女に、私の警戒心は少しずつ解かれていった。
「何ぼうっとしてるの?なにかいやらしい事でも考えてるの?」
鼻がくっつきそうな距離まで顔を寄せてニヤリと彼女は笑う。
「あ、いや……」
あっけにとられて口ごもってしまう
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