第五話(後編)

 シバは「良い人」だった。博人は最初の邂逅からのやり取りを経て、彼女をそう評価するに至った。
 
「ここは田舎だから、スーパーもコンビニも無いからね。それじゃあ色々不便だと思って、こうして店を構えたってわけさ」

 シバは初めて会う博人を邪険に扱わなかった。彼に優しく微笑み、自分の店について丁寧に説明をした。それでいて博人のプライベートな領域に踏み込むことは一度も無く、常に「適切な距離感」を保ち続けた。
 その時点で、博人にはありがたいことこの上なかった。近すぎず、遠すぎない。シバの保つ距離は、まだ精神が癒えきっていない彼にとっては非常に心地の良いものであった。
 魔物娘だからここまで空気が読めるのだろうか。シバの説明を聞きながら、博人はそんなことを思った。考えすぎか。
 
「遠出しなくてもここで賄える。ここに来れば全部揃う。そういう感じの店を目指してね。生活に必要そうなものを片っ端から置いていったの。そうしたらどんどん品が増えて行って、気づいたらこうなってたってことよ」
「ですが実際、とても助かっているのですよ。シバ様がここで店構えしていただいているおかげで、生活用品に不自由することは無くなったのですから」

 シバの説明にマギウスが合わせる。はあ、と、それを聞いた博人が相槌を打つ。気の抜けた、どこか上の空とも取れる返事だった。
 他にいい反応があったかもしれなかったが、今の博人にはそれで限界だった。彼はまだ完治していないことを忘れてはならない。
 
「それよりマギウス、今日はここに買い物に来たんだろう? 何を買っていくんだい?」
 
 マギウスもシバも、今の彼の精神状況をよく理解していた。だから二人の魔物娘は博人の心に踏み込むことはせず、本題に移って話題を逸らした。
 
「あ、はい。実は今日は――」

 マギウスが今日買っていく物を淡々と、且つスラスラと告げる。メモ用紙の類は出さず、マギウスは今日買うべき物を全て暗記していた。その姿が、博人には眩しく輝いて見えた。
 
「――以上となります。まだこちらにあるでしょうか?」
「もちろん。全部取り揃えているよ。安心してちょうだいな」
 
 必要品目を読み上げたマギウスの問いかけに、シバが素直に頷きながら返す。この時刑部狸はマギウスでなく博人を見つめていた。
 博人が視線に気づく。次に驚き、マギウスからシバに目を向ける。しかしそれと並行して、シバも博人からマギウスへ目線を移す。人間と刑部狸はすれ違って終わった。そしてマギウスを見ながら、シバが笑って言った。
 
「せっかくだ。今日は私も一緒に見て回るとするよ。この時間はあんまりお客も来ないからね」
「よろしいのですか?」
「いいの、いいの。この子に店の中を見せてあげたいしね。さ、ついて来て」

 困惑して尋ねるマギウスに景気よく答えながら、シバが先陣を切って歩き出す。これ以上の反論は許さないと言わんばかりの力強い進軍であった。なのでヒロトもマギウスもそれを止められず、結局彼女に釣られるままに歩き始めた。
 メインイベントの始まりである。




 店内の紹介を兼ねた買い物は、何の障害もなくつつがなく終了した。場の空気を読んだのか第三者の介入もなく、おかげで博人とマギウスは最初から最後までシバと共に行動することが出来た。
 
「それで十分かい?」
「はい。今日はこれだけで大丈夫です。わざわざ案内していただいてありがとうございます」
「なあに、こっちもちょうど暇してたところさ。それにこんな可愛い子とも知り合いになれたし、こっちがお礼を言いたいくらいだよ」

 レジで品を一つずつ確認しながら、シバがマギウスに言葉を返す。言われたマギウスは相手の寛大さに感謝するように笑みを浮かべ、博人は可愛いと言われたことに反応して頬を赤くした。自然と首が曲がり、逃げるように目線が下を向く。
 シバはそれを見逃さなかった。
 
「ウブだねえ。本当に可愛い子だこと」
「シバ様。あまりヒロト様を困らせないでくださいませ」

 博人を見ながら茶化してみせるシバに、マギウスが柔らかい口調で釘を刺す。博人の顔はまだ赤く、目線は下を向いたままだった。
 そしてシバは悪びれる素振りを見せなかった。
 
「いやあ、悪い悪い。さっきも言ったけど、ここじゃ彼みたいな若い男の子は珍しいからね。ついいたずらしたくなっちゃったのさ」
「駄目なものは駄目でございます」

 マギウスが再び釘を刺す。今度はそれと同時に博人の隣に寄り添い、彼の手をそっと握りしめる。マギウスの肌触りと体温を手で感じた博人が反射的に顔を上げ、驚いた表情で隣のマギウスを見上げる。
 その時既に、マギウスは博人の方を見つめていた。二人の視線が交錯し、不意を突かれた博人が息をのむ。その後すぐにマギウスが首を動かし
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