博人とマギウスが同じ布団で寝てから一週間が経った。
あれ以来、二人は毎日同じ部屋、同じ布団で寝るようになった。夜、博人が部屋で待ち、そこにマギウスが静かにやってくる。それから二人で粛々と布団の中に入り、揃って目を閉じる。それ以上のことはしない。
寝るだけ。ただ寝るだけ。男女の関係には決して発展しない。親が子をあやすように、マギウスはただ博人の傍にいるだけ。
「うぅ……っ」
「大丈夫。私はここにいます」
それが博人には嬉しかった。顔には出さなかったが、彼はここに来て初めて「夜」に安堵を覚えた。
誰かに守ってもらえる。誰かが支えてくれる。これ以上に心強いことはない。博人は恥も外聞も捨ててマギウスにしがみつき、貪るように眠り込んだ。
「私はここにいます。ずっとここに」
マギウスもまた、しがみつく博人を暖かく受け入れた。布団の中で震える小さな子供を抱き締め、優しく癒した。寝息を立てる青年にそっと囁き、彼の心身を愛で包んだ。
魔物娘の献身的な行為は、こうして二人の間で夜の習慣となったのだった。
「それで? 博人との関係はどこまで行ったんだい? 二人して同じ部屋で寝てるみたいだけど」
そんな二人の習慣は、祖母には筒抜けだった。極力物音は立てないようにしていたのだが、バレるものはバレるものだ。
とある日の昼下がりのこと。昼食後の食器を片づけていた時出し抜けに祖母からそう言われ、マギウスはそんな「この世の真理」を理解したのだった。
「もう恋人同士になったのかい? それともまだそこまでは行ってない感じなのかね?」
野次馬根性全開で祖母が質問責めしてくる。完全に他人事である。マギウスは困惑気味に苦笑し、しかし皿を洗う手は止めずに祖母の言に答えた。
「いえ、ただ普通に一緒に寝ているだけですから。特に変なことはしておりません」
「なんだいそうなのかい? つまんないねえ」
マギウスの返答を受け、横から覗き込んできていた祖母があからさまに渋い表情を見せる。自分の孫が襲われてもいいというのだろうか。マギウスはなお苦笑しつつ、そんなことを思った。
そこに祖母の言葉が割り込む。
「私はマギちゃんになら任せられると思ってるんだけどねえ」
「……え?」
マギウスの手が止まる。
祖母が続ける。
「博人のこと。マギちゃんになら任せてもいいって思ってるのよ」
聞こえていないと思ったのだろう。ほぼ同じ内容の文言を、祖母が再び言い放つ。
もちろん全部聞こえている。そこまで耳は遠くなっていない。そんな理由で反応を止めたのではない。
祖母の言葉の意味を理解するのに、マギウスは多少の時間を要した。そして数秒後、ようやっとマギウスの首が回りだす。
「それは、つまり……?」
次いで口が動く。しかしマギウスの言わんとしたことを、祖母が代わって言ってのける。
「博人とマギちゃんはお似合いのカップルになれるってことよ」
「……」
再びマギウスが止まる。今度は全身が硬直する。
祖母が快活な声で続ける。
「結婚式挙げる時は呼んでね。ご祝儀奮発するから」
「はは、はあ……」
マギウスはただ乾いた笑みを浮かべるだけだった。
「まったくもう、お祖母様ったら……」
その日の午後。昼食の片づけを終えたマギウスは、「いつものように」件の一室で博人を膝枕していた。自分の太腿の上で静かに眠る博人を見下ろしながら、マギウスは昼頃に祖母から言われたことを何度も脳内でリフレインさせた。
「私がヒロ君と結婚だなんて、そんな……」
お似合いのカップルになれる。
あなたになら任せてもいい。
何を適当なことを。マギウスが小さくため息をつく。しかし同時に、祖母からそう言われたことを素直に喜ぶ自分がいるのもまた事実。
自分が博人と一緒になれる。それを彼の祖母が認めてくれている。
「私と……」
ヒロ君が。
名前を呟いた瞬間、マギウスの顔が赤くなる。火に油を注ぐように一瞬で真っ赤になる。
「そんな、私がヒロ君とだなんて、そんなことって……!」
興奮気味にマギウスが言葉を吐き出す。当人を膝枕していることも忘れ、両手で頬を挟んで一人はしゃぐ。完全に喜びに支配されていた。粛々とした召使ではない、一人の女性がそこにいた。
そうしてニヤニヤしているところに、眼下より少年の言葉が飛んで来る。
「どうしたの?」
疲れた様子の、かすれた声。それを聞いたマギウスが動きを止める。
魔物娘の時間が止まる。痴態を晒してしまったことに気づいた大人の女性が、青年の前で唖然とした表情を見せる。
「?」
対する博人が呆然とする。何が何だかわからない。彼の顔はそう語っていた。
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