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 件の膝枕から四日経った。
 あれ以来、博人とマギウスの関係はほんの少し変化した。
 
「ヒロト様、まだ眠られないのですか?」
「はい……」

 縁側でぼうっとする博人に、マギウスが声をかける。彼は未だに夜を寝て過ごすことが出来なかった。静寂の中で目を閉じると、途端にかつての苦い日々が脳裏に浮かび上がるのだ。おかげで一睡も出来ず、夜は博人にとって辛い時間となった。ここは以前と同じだった。
 変わったのはこの後だった。
 
「それでは、今お休みしてしまいましょう。私がお傍にいて差し上げますからね」
「は、はい」

 隣に立つマギウスが提案し、博人が躊躇いがちに頷く。それからマギウスが部屋の奥に引っ込み、可愛らしく「よいしょ」と言いながら正座する。
 博人が自分から首を動かし、背後を肩越しに見る。清楚なゴシック調のメイド服を着た魔物娘が恭しく正座し、こちらをじっと見つめながら微笑んでくる。
 
「さあヒロト様。こちらへ」
「……」

 キキーモラが微笑し、呼びかける。博人が立ち上がり、誘蛾灯に誘われる羽虫のように、フラフラとそこへ引き寄せられていく。
 マギウスの前に博人が立つ。そこから彼女の隣に移り、腰を降ろす。
 二人が横並びになる。マギウスが自分の膝をスカート越しにぽんぽんと叩く。
 博人が遠慮がちに、そこに頭を載せる。
 
「はい。よくできました」

 自分の膝に頭を載せた博人に、マギウスが優しく声をかける。同時に手で頭を撫で、肌越しに互いの体温を交わし合う。
 それが博人の緊張を解き、彼の体から力を抜かせていく。
 
「いい子、いい子。怖くない、怖くない」
 
 これが変化だった。博人は夜眠る代わりに午後眠るようになった。それも決まってマギウスの膝枕で。彼女の膝に頭を載せ、その頭を彼女に撫でてもらって、博人はようやく安眠出来るようになったのだ。
 
「そうです。そのまま。力を抜いて。ヒロト様、どうぞお眠りを」
 
 細い指が額をさする。手首から生え伸びた羽が前髪を揺らす。優しい声が脳を弛緩させる。
 彼女の全てが博人を癒していく。
 博人はその安らぎに抗えなかった。
 
「すいません……もう……」

 すぐに眠気がやってくる。今までずっと起きっぱなしだったので、身体は既に限界だった。
 博人が正直にそれを告げる。マギウスは嫌な顔一つせず、にっこり笑ってそれを受け止める。
 
「はい。お眠りください。ヒロト様は私がお守りいたします」

 どこまでも甘く優しい声。博人の意識に、それに依存することへの罪悪感は微塵も無かった。
 今はとにかく、この優しさに縋りたい。自分を無条件で愛してくれるこの人に、身も心も傾けたい。
 精神も限界だった。
 
「……」

 この日博人は、一分足らずで「落ちた」。最初の膝枕以来、彼は連続で記録を更新していた。初めて会うはずのキキーモラが、マギウスの存在が、彼の精神に安らぎをもたらしていた。
 なぜこの人と一緒にいると、自分はこんなに落ち着くのだろうか。博人の心は、それに対する答えをまだ見つけられずにいた。
 
 
 
 
「ここにいれば大丈夫ですからね」

 博人が完全に眠りに落ちてから数分後。健やかに眠る博人を見下ろしながら、マギウスがそっと囁く。
 
「ヒロト様は、私がお支えしますから」

 安眠を妨げないよう、小声で決意を語る。博人はそれに気づかず、マギウスの目線の下で眠り続けた。
 無垢な子供のように。母親の胸で眠る子供のように。
 
「……」

 子守歌でも歌ってあげようか。母性をくすぐられたマギウスが、ふとそんなことを考える。そして自分は彼の母親ではないとすぐに我に返り、お馬鹿なことを考えた自分を自嘲するように笑いながら博人に言った。
 
「あなたが可愛いのがいけないんですからね」

 その困惑混じりの言葉には、堅苦しい忠誠とは全く別の感情が満ちていた。
 弟を気に掛ける姉のように。息子を慈しむ母親のように。博人を見つめるマギウスの瞳には、純粋な信頼と親愛だけがあった。
 
「ヒロ君。今だけは、せめて良い夢を」
 
 何も知らない博人は、そのまま眠り続けるだけだった。
 
 
 
 
 こうして博人の午睡は定例行事となった。いつも決まった時間に、決まった場所で、博人はマギウスの膝の上で眠るようになったのである。
 細かい打ち合わせや予定のすり合わせはしなかった。最初に博人がマギウスの膝上で眠った際の場所と時間が、そのまま二人の集合地点となっただけである。
 
「ヒロト様。お待たせいたしました。それでは参りましょう」
「あっ、はい」

 そうするよう強制されたわけでもないし、習慣づけるよう命令されたわけでもない。しかしマギウスは毎日律儀に「その時間」に「その部屋」へ向かい、縁側に座る博
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