小悪魔系後輩

 夕暮れ時。とある学園の教室。
 とっくに放課後を迎え、生徒と担任がいなくなったがらんどうの空間。そこに二つの人影があった。
 一人は女子、もう一人は男子だった。女子の方は角と翼と尻尾を生やし、人外の存在であることを自ら声高に主張していた。一方の男子はそうした特徴を欠片も備えず、ただ真っ当な人間の姿をしていた。
 そんな二人が共に学園指定の制服を身に纏い、窓際と出入口のドア付近にそれぞれ立ち、机の群れを挟んで向かい合っていた。女子の姿に関して不必要に騒ぐことはせず、ただ向き合うだけだった。
 
「待ってましたよ、先輩」

 その時、窓際に立つ女生徒が、男子生徒に声をかける。にこやかに微笑み、窓から差し込む夕陽を浴びて佇むその姿は、ある種神秘的な美しさを放っていた。
 その神々しい輝きに惹かれるように、男子生徒が女生徒の方へ無言で歩き始める。相手の言葉には反応せず、規則的に並んだ机の間を通り、ただまっすぐに女生徒を目指す。彼の顔はどこか気まずそうであり、実際彼は困っていた。
 困惑の原因は、眼前に立つ女生徒にあった。
 
「ふふっ。僕、前からこういうシチュエーションに憧れてたんですよね」

 近づいてくる男子生徒を見つめながら、女生徒が悪戯っぽく笑って言った。その間にも男子生徒は歩みを止めず、やがて二人が至近距離で相対する。そしてそこまで来たところで男子生徒が歩みを止め、女生徒に問いかける。
 本当にここでするのか? 彼の言葉は良心の呵責に喘ぐかのように、苦しげな気配を漂わせていた。
 
「もちろん。僕はそのつもりですよ」

 あからさまに渋る男子生徒に対し、女生徒は実に楽しそうな態度で答えた。それを聞いた男子生徒は嫌そうに眉間に皺を寄せ、彼の表情を見た女生徒は笑ったまま彼に言った。
 
「嫌なら別にいいんですよ。どうぞこのまま帰ってください。僕は引き留めたりしません」

 それは。男子生徒が反論しようと口を開く。しかし彼がそこまで言った瞬間、女生徒が一歩前に飛び出す。
 細く華奢な体が正面から突っ込んでくる。躱すことも出来ないまま、互いの影が一つになる。軽い衝撃を感じた男子生徒が、反射的に彼女を抱き留める。
 
「でも」
 
 男子生徒の胸に飛び込んだ女生徒が、そこに顔を押し付けたまま声を出す。
 
「先輩は僕のこと、拒めませんよね?」
 
 彼女の全身からふわりと芳香が漂う。彼女自身の匂いと香水の匂いが混ざり合った、爽やかな香り。それが男子生徒の鼻腔をくすぐり、彼の脳から正常な思考能力を奪う。
 
「だって先輩、僕のこと好きなんですから」

 男子生徒は何も言い返せなかった。図星だったからだ。
 制服越しに感じる暖かく柔らかな感触。全身から放たれる芳香。耳に吸い込まれていく声。彼はその全てを愛しいと感じていた。
 本気で好いていた。彼は女生徒を心から愛していた。
 
「僕も先輩のこと、大好きですよ」

 女生徒が追い打ちをかける。しかし彼女の言葉もまた真実だった。
 一方で彼女は奔放だった。良識や理性を鼻で笑い、己の欲望を何より優先して動く。ある意味悪魔のような女だった。
 そんな人の常識に縛られない悪魔が、今日も人間の枠からはみ出せずにいる男に堕落を囁く。
 
「今ここには誰もいませんし、誰も来ません。だから先輩、僕と共犯になってください」
 
 男子生徒の胸元に顔を押し付けたまま、女生徒が言葉の刃を突き付ける。
 男が生唾を飲み込む。答えはもう決まっていた。
 彼は最早流されるがまま、その女生徒の甘い言葉と香りに、溺れていくしかなかった。
 
 
 
 
 好きになった先輩を翻弄する小悪魔系後輩になってみたい。それがエバのリクエストだった。
 一足先に制服を着た彼女の注文を聞いた男は、まず最初にそれをやってみたい理由を聞いてみた。
 
「エッチする時、大体は君が主導権持ってるでしょ? 僕はそれでも全然構わないんだけど、たまには僕が攻めに回ってみたいなって思ったんだよね」

 それがエバの「理由」だった。エバは続けて申し訳なさそうな表情を浮かべ、男に確認を取ってきた。
 
「……駄目かな?」

 駄目なわけが無かった。寧ろ望むところだった。エバが男の意思を尊重してきたのと同じように、男もまたエバの意見を取り入れてあげたいと常々思っていた。いつもはエバが遠慮してくれているのだから、こういう時こそ自分が譲歩すべきだ。
 男はそんな自分の考えを正直に打ち明けた。それを聞いたエバの顔が明るく華やいだのは言うまでもない。
 
「ありがとう! 嬉しいなあ!」

 弾んだ声でエバが礼を述べてくる。ここまで嬉しくされると、こっちも嬉しい気分になる。男は自然と笑みをこぼし、エバもつられて笑顔の色を濃くした。
 
「僕、頑張るから! 絶対君を
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