「こんなことしたって無駄だよ! 僕は絶対負けないから!」
狭く、窓のない閉め切られた石造りの部屋の中に、エバの声が虚しく響く。その部屋にはエバと壁に据えられた蝋燭以外には何もなく、そして赤く燃える蝋燭の灯が、今のエバの姿を煌々と照らしていた。
エバは防具を身に着けていた。それも重々しい金属鎧ではなく、動きやすさを重視した革製のものである。その上さらに俊敏さを高めるために、下半身は丈長のズボンの上から腿当てを装備しているだけであった。腰に提げている武器が小振りの短剣であることもまた、今の彼女が機動性重視の装備をしていることを言外に示していた。
そんな軽装備を身に纏ったエバは、現在手枷を付けられ拘束されていた。さらにその枷は天井から伸びた鎖と繋がり、好き勝手動けないようになっていた。
「くっ! この……っ!」
嫌らしいことに、天井から伸びた鎖はエバの爪先がギリギリ床につく高さに設定されていた。おかげでエバは自分の足で立てるか立てないか微妙なラインで浮かされ、余計に体の自由を奪われる結果になっていた。地に足をつけようと足掻くほど体が前後左右に揺れ、そこから元いた場所に戻ろうとして余計に体力と集中力を浪費する。
そうしてエバを消耗させ、ここから逃げ出す意欲そのものを減衰させていく。それがエバに施された拘束の真意であった。しかし悲しいかな、脱出と直立に躍起になっていたエバにそこまで思考を巡らせる余裕はなく、彼女は完全に敵の術中に嵌っていた。
今はそういう設定だった。
「ああもう、なんでこんな中途半端な長さにするのかな。これじゃ全然逃げられないよ……!」
苛立たしげにエバが言葉を漏らす。その間も彼女の体は振り子のように小刻みに揺れ続け、彼女から冷静な判断力と思考能力を奪っていく。浅はかなエバはそのことに気づくことなく、一刻も早く逃げ出そうとなおも体を揺らし続ける。
不毛であった。
「えっ?」
この部屋に唯一ある鉄製の扉が重々しく開かれたのは、まさにその時であった。ドアと壁を繋ぐ金具が擦れて鳴り響く金切り声に気づいたエバが、咄嗟に動きを止めてそちらに意識をやる。
エバの揺れが止まる。そしてほぼ宙ぶらりんの格好になったエバの所へ、扉の奥から一人の男がやってくる。
革のズボンを履き、腰から上は何も着けず、上半身裸になった細身の男。
「くっ、絶対に負けないぞ……!」
これから自分がどうなるのか。エバは嫌と言うほど想像できていた。
敵国に囚われそこで尋問を受け、最初は抵抗するも結局快楽に負けて敵側の雌に成り下がる兵士の少女。
それが第二回戦をやるにあたって男が望んだシチュエーションだった。当然ながら捕まる役はエバで、彼女を尋問するのが男だった。それを聞いたエバは即座に首肯せず、代わりに「ふうん」と声を上げた。
「君、そういうのに興味あるんだ。ちょっと意外かな」
嫌だから渋ったのではない。純粋に驚いたから、承諾する前に感想を述べただけである。
しかし当の男はエバの反応を見て、違う意味で危惧を抱いた。自分の性癖に関して何か誤解されているのではないかと思ったのだ。そしてすぐさまエバに対し、これはあくまでそういうのもやってみたいというだけであって、そういうプレイが特別好きと言うわけではないと弁明した。
「わかってる。大丈夫だよ。それくらいわかってるから」
そんな男の必死な姿を見たエバは、思わず苦笑した。「この人」は他人をいたぶって喜ぶような人間ではない。彼女は誰よりそれを分かっていた。
「大丈夫。僕はちゃんとわかってるよ」
狼狽する男の目をまっすぐ見つめながら、エバが慈愛の微笑みを湛えて言い放つ。愛する人からそう断言された男は自然と心を落ち着かせていき、一方のエバは体の力を抜いていく男を見つめたまま言葉を続けた。
「でも、君がそれを望むなら、僕は喜んでやるよ」
躊躇のない、確かな意志の込められた言葉。そこから強い決意を感じた男は、思わず息をのんだ。
いいのか? 恐る恐る男が尋ねる。エバは満面の笑みを浮かべ――ついでに体から魔力を放出させ、男の問いに答えた。
「君の喜びが僕の喜びだから」
エバの魔力が男に纏わりつく。愛の力が男の理性を引きはがす。
献身と狡猾の軍師が駄目押しの一撃を放つ。
「僕を好きにしていいのは、君だけなんだよ?」
刹那、男の中から躊躇いが消えた。
そして今。エバは男のリクエスト通り、冷たい石の部屋の中で体の自由を奪われていた。服装は他の騎士仲間から貰い受けたものであったが、部屋の方は二人がそれまでいた所をエバが魔術で作り替えたものだった。どういう原理で何をしたのか男は気になったが、エバが「話すと長く
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