こすぷれえっち(未遂)

「愛の美少女戦士フォクシー・アゲハ! 今、華麗に見参!」

 仕事を終え、我が家に帰って玄関に入ると、目の前で妻の稲荷が決めポーズを取っていた。四本の尻尾と小振りな尻をこちらに向け、引き締まった腰を捻って上半身もまたこちらに晒していた。右手でピースサインを作って自身の瞳の前に置き、左手は腰に当ててウエストのくびれを強調していた。
 
「人のいなり寿司をつまみ食いし、至福の時間を奪い去る不届き者め! このフォクシー・アゲハが、あなたを畜生道に叩き落してあげるわ!」
 
 この時、彼女は巫女服を改造したような、ミニスカートの紅白衣装を身に着けていた。スカートは本当に股関節の付け根からやや下までしか隠しておらず、おかげで肉付きの良い、むっちりとした太ももが露わとなっていた。また足先から膝の部分までを白のハイソックスで隠し、長くしなやかな脚をさらにきゅっと引き締めていた。
 胸元は僅かにはだけて谷間が垣間見え、さらには胸の頂点から小さな突起が浮き上がっていた。サラシや下着を身に着けていなかったのは明白だった。おまけにほんの少し見える脇下にはしっとりと汗が溜まっており、むわりと生温い気配を漂わせていた。
 
「さあ覚悟なさい! お天道様に代わって、天誅よッ!」
「……」

 帰ったばかりの男は、そんな奇態を晒す妻を唖然とした表情で見つめていた。何も言わず、なんのリアクションも返さない。
 ただ信じられない物を見るかのように、目と口を力なく開け、変わり果てた妻の姿をじっと見つめていた。
 
「……」
 
 気まずい空気が流れていく。場の雰囲気が鉛のように重くなっていく。
 やがて稲荷がその空気に気付き、それに耐えきれなくなったようにみるみる顔を赤くしていく。
 
「お、お帰りなさいませ……旦那様……」

 そしていつもの調子に戻り、夫に対していつものお帰りの挨拶を交わす。しかし驚愕と羞恥のあまり、その体はガチガチに硬直し、おかげで決めポーズはとったままであった。
 
「うん、ただいま……今帰ったよ……」
「お荷物は、その、こちらに置いておいてくださいませ。私が持っていきますので……」

 いつもの帰宅直後の夫婦の会話。しかしいつもよりずっとぎこちなかった。原因は明白であった。
 
「……どうしたんだ? 何か変な物でも食べたのか?」

 靴を脱いで家の中に上がり込みながら、夫が問いかける。愛する男の気配を間近で感じ、ますます羞恥の感情を強めていきながら、稲荷が視線だけを逸らしてそれに答えた。
 
「い……イメチェン……です……」
「えっ?」
「か、かわいくないですか……?」

 よろよろとポーズを解き、上目遣いで見つめながら妻が問いかける。その仕草一つで、男の精神はノックアウトされた。
 大好きな妻にこんなことされて、喜ばない男はいなかった。
 
 
 
 
 稲荷の揚羽は、一言で言えば貞淑な妻であった。常に優しく、時に厳しく夫を盛り立て、影に日向に支えていった。当人の性格も物静かだが人当たりが良く、派手な物を好まず、常に朗らかな笑顔を浮かべる、まさに太陽のような女性であった。
 夫の陽一もまた、そんな妻である揚羽に惜しみない感謝と愛を捧げていた。実直な彼は揚羽を深く愛し、揚羽もまた陽一を同じくらい愛していた。
 二人はまさに二人三脚で互いを支えあう、夫婦の鑑のような存在であった。揚羽と陽一は多くを望まず、慎ましくも幸せに日々を過ごしていたのである。
 
「それにしても意外だったな。まさかお前がそんな格好するとは」

 そんな普段の揚羽の性格を知っていたからこそ、陽一は今の揚羽の姿に新鮮味を感じずにはいられなかった。あの大人しい揚羽が、こんな派手派手なコスプレ衣装に袖を通している。そのギャップを「萌え」と言わずになんというのだろうか。
 
「うーん、何度見ても新鮮だ。似合っているぞ揚羽」
「うう……」
 
 この時彼は、なおも奇怪な巫女服に身を包んでいた揚羽と共に夕食をいただいていた。そして今日の献立の一つであるアジの開きに舌鼓を打ちながら、卓袱台を挟んで顔を真っ赤にしている揚羽をまじまじと見つめていた。
 そんな陽一からの熱視線を浴びて、揚羽は完全に委縮していた。
 
「そんなにじろじろと見ないでくださいませ。恥ずかしいですよう……」
「そんな煽情的な服着ておいて、見るなと言うのも無理な話だぞ」
「あ、あうう……」

 完全にいつもの揚羽に戻っていた稲荷狐は、そう論破され顔から煙を出していた。しかし腹は空いているのか、自分で作った料理――アジの開き、ほうれん草のおひたし、里芋の煮っ転がし、白米と味噌汁――に箸をつけ、ちょびちょびと啄むように口に運んで行っていた。
 可愛い奴め。そんな風に目立つまいと小動物のようにつまんでいく揚羽を見た陽一
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