Tulip

 ある日のこと。
 物音がしたので玄関のドアを開けてみると、目の前に変なのが居座っていた。
 
「お久しぶりね、義人君」

 花壇の横に、巨大な花が咲いていた。桃色に染め上げられた花弁が幾重にも重なって出来た、それは見事な花だった。
 そして一番の驚きは、そんな流麗な花の中心部から、上半身裸の女が生え伸びていたことだった。花弁の下から生えた葉の部分と同じ緑色の肌をした、これまた息を?むほど綺麗な美女だった。胸も大きかった。
 その女が、こちらを見ながらニコニコ笑って、家主の男にそう話しかけてきた。知らない人の名前を呼びながら。
 これが驚かずにいられるだろうか。
 
「私のこと、忘れたとは言わせないわよ。約束は守ってもらうんだから」

 突然のことに驚く男に向かって、緑色の女が一方的に告げる。男の意識が回復したのは、それから暫く経ってからのことだった。
 
「……えっ、あの、どこかで会いましたっけ?」

 まるで覚えがない。心当たりが無かった。そもそも、こんな奇特な格好をした知り合いはいない。
 義人と呼ばれた男はその旨を正直に伝えた。しかしそれを聞いた植物の女は一切動じず、微笑みながら首を横に振った。
 
「いいえ、貴方は私にとても良くしてくれたわ。毎日毎日、私は貴方と一緒にいたの。貴方は忘れてても、私は全部ちゃんと覚えてるんだから」
「なんですかそれ……」

 女の変質者紛いの発言に、男は背筋が凍り付くのを感じた。そんな男の恐怖を感じ取ったのか、女は「違うわよ」とクスクス笑ってから言葉を続けた。
 
「貴方をつけ狙ってたとか、追い回してたとか、そういうんじゃないわ。私は最初から、貴方の傍にいたんですもの。運命の赤い糸で結ばれていたの」
「なんですかそれ。余計怖いですよ。本当のことを教えてください」
「知りたい?」

 緑色の女が花から身を乗り出して顔を前に突き出し、それは楽しそうに弾んだ声で問いかける。
 その前から来る圧力に対し、男は思わず背を反らして首をすくめた。しかしすぐに好奇心が勝り、彼はその姿勢のまま首を縦に振った。
 それを見た緑色の女がにこやかに笑う。
 
「教えてあげてもいいけど、その代わり条件があるわ」
「条件?」
「ええ」

 緑色の女が頷く。男がそこに食いつく。
 
「教えてください」
「いいわよ」

 緑色の女が頷く。男が生唾を飲み込む。
 
「私に貴方の世話をさせてほしいの」
「……え?」

 男は一瞬、目の前のそれが何を言っているのかわからなかった。しかし彼が何か言おうとするよりも前に、眼前の女が次のアクションを起こした。
 
「まあ嫌って言われてもやるんだけどね」
「ちょっ」

 そう言いながら、緑色の女が動きだした。太いツルを絡めて四本の脚を形作って立ち上がり、それを器用に動かして前に動き始める。
 動けたんだ。男が純粋に驚く。下半身が花の中に埋もれているから、てっきりその場から動けないと思っていたのだ。
 
「女の子はね、好きな人のためなら何だって出来るのよ」
 
 そんな男に向かって、花に食われた女がぐいぐい進んでいく。途中でそんなことを言いながら、それでも進軍スピードは変えない。
 二人の距離が容赦なく縮む。近づく女を見て、反射的に男が脇に退く。それによってベランダから室内に通じる道が開かれる。
 その道を、緑色の女が我が物顔で進んでいく。
 
「私、アルラウネのリップ」

 そうして室内へ堂々侵入を果たした緑色の女が、その場で百八十度向きを変えて男と向き合いながら口を開く。いきなりのことに呆気に取られる男に向かって、女が再び言葉を紡ぐ。
 
「私の種族と名前よ。アルラウネのリップ。アルラウネが種族名で、リップが名前」

 なるほど。ようやく男が納得する。それが彼女の名前なのか。
 そうして素直に頷く男を見て、女――アルラウネのリップが微笑みながら言い放つ。
 
「よろしくね、義人君」

 知らない男の名前だった。薄気味悪かった。
 
 
 
 
 結局、男はリップに押し切られる形となった。しかし彼としてもリップの正体が知りたかったし、何より彼女が――不思議なことに――悪い人には見えなかったので、彼はリップの進入に対して必要以上に悪印象を持っていなかった。
 ちなみに男とリップが出会ったのは午前八時。この後男に予定はなく、男はそれを素直にリップに告げた。
 
「つまり、今日は特にすることが無いってことね?」
「はい」

 リップの確認に男が頷く。それを聞いたリップは口を閉ざし、顎に手を当てて考え込むポーズを取った。なおこの時、リップは既にリビングの一角に腰を降ろし、当たり前のようにそこに居座っていた。
 
「洗濯とか掃除とかは? もう終わったのかしら?」

 図々しくも居場所を確保した
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