デッビール・コンタクト

 探検家というのは実に度し難い生き物である。
 そこに入ってはいけない。そこから先に踏み込んではいけない。禁忌を犯してはならない。そう言われれば言われる程、余計にその禁忌を犯したくなってくる。大半の者が「自分なら大丈夫だろう」と高を括り、平気で一線を越えて禁足地を踏み荒らす。
 底なしの冒険心と無謀な好奇心。それが探検家を動かすエンジンであり、同時に探検家を滅ぼす火薬庫でもある。一度火がつけば誰にも止められない。爆発するまで、本人ですら止められない。
 
「おい、あんた! その洞窟はやめとけ! そこは悪魔の巣だ! 入ったら悪魔に食われちまう!」
「大丈夫だよ。ちょっと中を覗いてみるだけさ」

 そしてこの男もまた、御多分に漏れず愚かな探検家であった。その男――フラム・フドウは、ここまで案内させてきた現地ガイドの警告を無視し、目の前にぽっかり開いた洞窟の中へ入っていった。
 その洞窟は旧魔王時代から「悪魔の潜む穴」と呼ばれ、恐れられた場所であった。そして魔王が代替わりを果たした後も、現地の人間は絶対に近づかない危険スポットとされていた。件のガイドも、フラムから法外な額の報酬を貰ったから案内したにすぎなかった。いつもなら近づこうとすら思わなかった。
 
「さて、と」
「ああやめろ! マジで死んじまうぞ!」
 
 そんな危険地帯に、フラムは意気揚々と入っていった。手に持ったランタンに火を灯し、洞窟を染める闇の中に身を沈めていった。後ろではガイドがなおも何か叫んでいたが、浪漫を前にしたフラムの耳には届かなかった。
 フラムには絶対の自信があった。自分ならば失敗しないという、確固たる自信があった。自信のままに、彼は洞窟の中をどんどん進んでいった。
 その自信に根拠はなく、洞窟内部の知識もまともに持っていなかった。言い換えるならばそれは、慢心であった。
 
「――こんにちは」

 だからフラムは「それ」に気付かなかった。幾分か進んだ時、「それ」は唐突にフラムの頭上から降って来た。
 
「そしていただきます」
「えっ」

 「それ」の挨拶と、次に「それ」の放った台詞を、フラムは咄嗟に理解することが出来なかった。
 抑揚のない、冷たくか細い声。感情の希薄なそれを知覚した時には手遅れだった。
 
「さあ、一緒に来て」
「うわっ――!」

 悲鳴を上げる余裕もなかった。湧いて出てきた「それ」に抱きしめられ、フラムの体はふわりと宙に浮いた。彼はそのまま「それ」と共に空中を浮遊し、洞窟の深奥、闇の底の何処かへと連れ去られていった。

「安心して。痛くしないから」

 フラムの耳元で、「それ」が冷たく声をかける。優しさとは無縁の語調だ。その一方で抱き留められた体はがっちり固定され、フラムは身動き一つ取れなかった。
 これはまさしく、無謀な慢心の生み出した結果である。黒光りする「それ」と共に宙を駆けるフラムは、事ここに至って自分の軽率な行いを反省した。全くもって探検家とは愚かな生き物である。これは教訓とせねばなるまい。
 もう手遅れだった。
 
 
 
 
「あなたも物好きね。それとも無謀と言うべきかしら」

 それから数分後、フラムは「それ」から解放され、闇の中に降ろされていた。そして地べたに座り込んだフラムに「それ」が抱きつき、全身を使って彼の体を愛撫していた。フラムが「それ」の全身像を認識する余裕はなく、ただ「それ」のもたらす熱に身を任せるしかなかった。
 言うまでも無いが、フラムは地面に降ろされた段階で服を全て脱がされていた。ランタンも没収され、離れた所で灯りを放っていた。その灯に照らされた闇の一角で、全裸のフラムと「それ」が絡み合っていた。
 
「愚かな人間。他の人間から近づくなって警告されていたはずなのに」
 
 ぬるぬる。にちゃにちゃ。「それ」の体から溢れる粘液がフラムの全身に纏わりつき、皮膚から彼の体内に浸透していく。漆黒の「それ」が一撫でするごとに体が熱くなり、「それ」の放つ冷たい言葉を耳が吸い込むたびに股間に熱が溜まっていく。
 
「でももう遅い。助けを求めたって無駄だから」
 
 無感情に、そして無情に言い放ちながら、「それ」が優しく耳を噛む。
 瞬間、甘い電流が脳を駆け巡り、フラムが短い悲鳴を上げる。
 
「はうううっ!」
 
 体中が熱くなり、股ぐらが血でいきりたち、痛ましいほどに怒張する。肉棒が天高くそそりたち、脳味噌が桃色に染まっていく。
 
「――あはっ」
 
 そんな初々しい反応を見た「それ」が、ほんの僅か上ずった声を出す。しかし顔は冷淡なまま、その鉄面皮をフラムに近づけ、吐息がかかるほど眼前に迫ってから「耳が弱いんだ」と小声で囁く。
 
「どうなの?」
「そ、それはもう」
「それは?」
「気持ちいい、です。はい」

 
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