松代達也が寝室の戸を開けると、そこには布団の上でこちらに向かって三つ指をつき、恭しく頭を下げる白澤の姿があった。白澤は全裸であり、達也が寝室に入って来た事を気配で察すると、頭を下げたまま声を彼にかけた。
「お待ちしておりました」
それだけ言って、白澤が頭を上げる。頬は僅かに赤らみ、達也を見つめる目は潤んでいた。彼女は待ち望んでいた瞬間を前にして、それでも自制心を最大限に働かせて己の獣欲を抑えつけた。
彼の前で無様な姿は晒せない。自分は彼の先生なのだ。襲い掛かるなんてもってのほかだ。
「達也君。さあ、こちらへ来てください」
「リン先生……」
しかしそんな葛藤はおくびにも出さずに、白澤のリンはいつもの調子で、教え子である達也に優しく声をかけた。達也もまた、その愛する先生の呼びかけに応えるように、リンの近くへ歩み寄っていった。
そして達也はリンの前で腰を下ろし、正座をして彼女と向かい合った。生真面目で女性経験のない彼は、教師兼恋人であるリンを前にして、自然と改まった態度を取ってしまったのだ。
そんな初心な彼を、リンは笑ったりしなかった。それから二人は互いに正座をしたまま、相手の顔を見つめ合った。達也は緊張と羞恥で顔を真っ赤にして、リンはそんな達也を微笑ましく見つめていた。
「先生、その……き、今日はよろしくお願いします」
やがてたどたどしい口調でそう言いながら、達也が頭を下げる。リンもそれに合わせるように、「こちらこそ、よろしくお願いします」と言って再び頭を下げた。
どこか堅苦しい、これから授業でも受けるかのような空気が、二人を包み込んでいった。
「……恋人同士でこういうことをするのって、やっぱり変ですかね」
その後互いに頭を上げ、気まずそうに達也が口を開く。今までまともに恋をしたことのない彼も、今の空気が恋人同士の纏うそれでは無いことは、うっすらとではあるが自覚していた。
そんな彼に対してリンはクスクスと笑い、それから困惑する達也に回答した。
「確かに変と思う方もおられるでしょうね。何をそんなに畏まる必要があると訝しむ方もいるでしょう」
「やっぱりそうなんですね……」
「ですが、礼をもって事に臨むというのは、大変良いことです。どれだけその作法が変だと思われても、あなたのその真摯な姿勢は、必ず相手に伝わりますよ」
大丈夫。達也君の気持ちは、私にもしっかり伝わりました。リンはそう言って微笑んだ。いつもの優しい白澤先生からそう言われた達也は、それまで「自分は変なことをしたのだろうか」と気落ちしていた心が軽くなったような感覚を味わった。
そんな肩の荷が下りてほっとしていた達也に、リンが優しい顔で続けて言い放つ。
「それが初夜なら、なおさらのことです」
直後、達也は体を堅くした。言い出しっぺのリンも、緊張と期待で体を震わせていた。そしてこの後自分達が何をするのか、互いにそれを再認識した。
二人はこれから、処女と童貞を捨てるのだ。
「今日からこのクラスの担任になる、ジン・リンです。皆さん、よろしくお願いしますね」
白澤のリンが松代達也の通学する高校に赴任してきたのは、今から三か月前のことであった。魔物娘の存在が当たり前となったこの時代、膨大な知識を持つ白澤が教師として招かれるのは珍しいことではなかった。なのでリンの存在は疎ましがられることはなく、生徒や他の教師たちから大いに歓迎された。
そしてその中で、リンは達也と出会った。
「あの……松代達也君、でしたっけ?」
「はい、そうですけど。リン先生、どうかしましたか?」
「いえその、最近よく会うなあって思っただけでして」
「そう言えばそうですね。先生も屋上でお昼ご飯食べたりするんですか?」
「はい。前にいた学校でも、こうしてお昼は屋上で食べてました。室内で食べるより、こっちのほうがずっと開放的で気持ちがいいんですよ」
「ああなるほど。それ、僕もわかります。教室とか学食とかって息苦しいんですよね」
「達也君もそう思うんですか? 私達、実は結構似た者同士かもしれませんね」
リンが彼のいたクラスの担任になったのはまったくの偶然であるが、彼らが惹かれ合ったのは必然であった。顔を合わせて一週間で二人はお互いを意識し、一か月で告白を経て恋仲となった。この時代、生徒と教師が恋人になる、そしてそのまま結婚する、というのは、良くある話だった。実際彼らの周りにも、そうして出来たカップルはいくつもあった。
だから誰も、彼らを蔑んだりはしなかった。それどころか、彼らの恋路を応援する者も多かった。
「その、リン先生」
「あら達也君、どうしたのかしら?」
「胸が当たってます……」
「当ててるんですよ♪」
「周りの視線が痛いん
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